かつては迷った管理職。今「やってみるべき」と伝えたい理由―わたしとDEI(20)高橋 光希―

パーソルグループは、すべてのはたらく人たちが「はたらいて、笑おう。」を実感できる社会の実現を目指し、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)を推進しています。

本連載では、生まれた場所や育った環境、年齢、性別、経験、価値観などの違いを可能性と捉え、多様なキャリアを歩む社員を紹介します。
第20回目は、パーソルビジネスプロセスデザイン株式会社でビジネスエンジニアリング事業本部 BE事業統括部 キャリア採用部 人材獲得グループのマネジャーを務める高橋 光希です。

目次

かつて断ったマネジャーに就任

「いやいや、ムリですよ」

パーソルビジネスプロセスデザインのキャリア採用部人材獲得グループでマネジャーを務める高橋 光希は、これまでマネジャー就任を断ったことがあります。
しかし、2022年秋にマネジャーに就任して間もなく丸4年を迎える今、高橋は迷いのない口調でこう話します。
「マネジャーをやってよかったです。同じように悩んでいる人がいたら、やってみるべきだって伝えたいですね」
どのような理由で心境が変化したのでしょうか。高橋の歩みを振り返ります。

大手企業志望からの転換

高橋は、青森県で生まれ育ちました。とにかく負けず嫌いで、小学校から高校までバスケットボールを続けながら、勉強にも打ち込みました。

大学ではスキューバダイビングサークルに入り、アルバイトでお金を貯めては海に潜る日々。大学生らしい気楽な時間を過ごしていた高橋が、「悲しい」気持ちを味わったのは、就職活動中です。

「女性はちゃんと職を持たなきゃ」という母親からの助言もあり、当初、志望したのは「女性がはたらきやすい企業」。安定していて、女性が長くはたらけそうな金融機関や大手メーカーの採用試験を受けていました。すると、ある企業では、面接官に「結婚や出産はどう考えているのか?」と問われました。同じゼミで「優秀だな」と感じていた女性の多くが、就職活動に苦戦していました。

「小中高ってあまり男女の差を感じる機会ってないと思うんです。だから、最初は『あれ?』って不思議に思ったんですよね。子どもを産むのは女性しかいないから、理屈は分かります。でも、そういうことで実際に男女差を感じると、悲しくなりました」

モヤモヤしたまま就職活動を続けているとき、パーソルキャリア株式会社(旧株式会社インテリジェンス)に勤めていたゼミの先輩から話を聞く機会がありました。その先輩から「就職活動の勉強になるよ」と言われて、「それならば」とエントリー。何度目かの面接で、面接官にこう言われました。

「うちには高橋さんと同じような疑問を感じている社員がたくさんいます。今こうすれば変わるという解決策はないけれど、この課題について一緒に考えていくことができる会社ですよ」

この言葉を聞いて、高橋はハッとしました。
「自分がはたらきやすいのではなくて、ほかの人たちにも良い機会を与えられるような仕事がしたい、一番その可能性があるのがこの会社なんじゃないかと思えたんです」

さまざまな経験が広げたキャリアの可能性

2006年春、現在のパーソルキャリアに入社。IT領域のキャリアアドバイザー(CA)としてはたらき始めます。

社会人になると、負けず嫌いの性格が目を覚まします。目標が達成できないときは、悔しさと自分のふがいなさに泣きました。優秀な同期と比較して、「私は全然ダメだ」と落ち込むことも多かったと言います。自分で自分を追い込むような日々から解放されたのは、上司の一言がきっかけでした。

「もっと突き抜けたいんです」と相談したら、『まんべんなく平均以上の点を取れることがあなたの特徴で素晴らしいところなんだから、そこに着目することはできないの?』と言われました。そのときに、それが自分の強みなんだって初めて気付くことができたんです」

CAを5年間続け、2011年に異動した先は、東日本大震災の震災被災者復興支援プロジェクトチーム。自ら立候補し、宮城県石巻市ではたらきました。その1年後、アウトソーシング事業の中途採用グループに異動し再び東京へ。さらに翌年、結婚に伴い、仙台コンタクトセンターに異動し、事業推進グループの一員として5年間、勤務します。

石巻勤務時代の高橋

仙台コンタクトセンターでは、オペレーターの採用・研修・労務・品質管理が高橋の役割でした。

もともとは専門性を追求するタイプだと思っていたそうですが、キャリアアドバイザー、中途採用、コンタクトセンターとさまざまな部署を経験する中で、自身の視野や可能性が大きく広がったと言います。新しいことにチャレンジする面白さを実感するとともに、マルチタスクへの対応力や柔軟性が、自身の強みであることにも気付くことができました。

がん治療、異動、第二子出産を経るなかで

2015年に出産して育休に入り、次の年に出産前と同じ部署に復帰。ところが、まもなくして乳がんが発覚します。抗がん剤の影響で髪の毛が抜けたり、寝床から動けなくなったりするなどつらい時期もありましたが、上司と相談して在宅で可能な仕事を続けながら、なんとか乗り切ったそうです。この経験は、高橋の人生観を変えました。

「治療中は母や義理の両親を含めて、すごく家族に支えられたんですよね。私は負けず嫌いで達成志向が強く、それまでは仕事が一番だったんですけど、家族や健康があるからこそなんだと実感して優先順位が変わりました」

幸いにして治療が成功。2018年、夫の転勤を機に、東京の中途採用グループに異動しました。マネジャーの打診があったのは、2021年の秋。第二子の産休、育休が明けてから半年ほど経っていました。このときの高橋の返事は「ムリです」。
「マネジメントの仕事は大変そうだし、自分にはまだ実力が足りない」という懸念があっての返答でした。

しかし、自分が断ったことで「マネジャーを採用する」担当になり、応募者と面接を重ねるうちに気持ちが少しずつ変化します。

「私の大好きなメンバーのマネジメントを応募者のうちのどなたかに預けると考えたときに、自分は本当にそうしたいのかと思ったんですよね。それで自分の仕事を振り返ってみると、やりがいは感じているけれど慣れ親しんだ業務でもあり、伸び幅が狭いかもと考えたんです。それで、今後の成長を考えるならマネジメントなのかもしれないと思い直しました」

新型コロナウイルスのパンデミックの前に産休に入った高橋にとって、コロナ後のリモートワークの普及も、マネジャー就任を決意する後押しになったと言います。上司にも改めて思いを伝え、2022年の秋、キャリア採用部のマネジャーに就きました。

マネジャーに就いて初めて気付いたこと

チームのメンバーは4名。いかにビジネスエンジニアリング事業本部の中途採用の応募者を増やすかが、チームのミッションです。

メンバーとしてはたらいていた期間が長かったこともあり、メンバー時代から上司に「チーム内での影響力を高めましょう」という課題を与えられていました。そのため、意識的にほかのメンバーと個別に話をしたり、問題解決のサポートをしたりしてきました。しかし、マネジャーになって初めて役割の違いを実感したそうです。

「メンバーのときは、同僚が失敗しないように自分のノウハウを伝えることが育てることだと想っていました。でも、マネジャーは失敗という機会提供も含めた中長期的な育成を考えていく必要があるんですよね。最初はその違いに戸惑いました」

この「違い」を埋めることができたのは、上司との1on1や管理職向けの研修のおかげだと言います。

「メンバーに考えてもらう、あるいはメンバーの力を伸ばすような良質な問いかけをたくさんケースとして教えていただきました。それをインプットした上でアウトプットしてみて、それぞれの反応を見ながらカスタマイズするようにしています。日々、やってみて失敗しながら進んでいる感じですね」

研修を通じて、新たな気付きも得ました。たとえば、メンバー一人ひとりが描く将来像をチーム全体で理解し、その実現を支えることで、主体性や自律性が自然と育まれていくこと。また、お互いを深く知り、それぞれの強みや個性を発揮できる環境をつくることで、チーム内の関係性が向上し、最終的には成果の向上にもつながっていくことを学びました。

「なんとなく理解していたことを具体的に説明してもらって、実際にアクションするところまで伴走してもらいました。それによって本当に効果があると自分自身で体感できたので、研修を受けて良かったですね」

フルリモートでもマネジメントできるという手応え

2025年4月には、家族の事情で仙台に移住。メンバーは東京3人、関西1人、自分は仙台という形でマネジャーを続けています。以前は週に2、3回出社してオフィスで顔を合わせていたのが、現在は月に一度、東京に出張しています。

フルリモートでのマネジメントになり、チャットが入ったらどんなことに関してもすぐに返信するなど、コミュニケーションにも力を入れる高橋。「本当にメンバーの気持ちや状態をつかみきれているのか」という不安はあるものの、手応えを感じていると明かします。

「メンバーがいつもめちゃくちゃ助けてくれるんですよ。『今日、こんなことがあったんですよ』とか『これは耳に入れておいた方がいいんじゃないかなと思って』とか、それぞれがステークホルダーと日々コミュニケーションを重ねる中で得た情報を、こまめに共有してくれるんです。現場だからこそ見えることや感じることをタイムリーに伝えてくれるので、とても助けられていますし、チームで物事を進めている実感があります。ちょっとでも気になることがあったときにチャットや電話をしてくれるという信頼関係の土台があれば、リモートでもマネジメントできるんだなと思っています」

闘病やマネジメントの経験を経て、負けず嫌いゆえの完璧主義から「だいぶ自由になったかな」と笑います。マネジャーになったからこそ見えた、これまでにない景色とはなんなのでしょうか。

「私は周りに迷惑をかけちゃいけないという想いが強かったんです。でも今は、自分が足りないところをサポートしてくれる同僚や上司がいる会社だと実感しています。支えられるだけじゃなく、自分にできることをちゃんと返すという想いを持ちながら、完璧じゃない自分をダメだと思わずチャレンジすることが大事だと気付きました。以前は自分ができる範囲の中で仕事をしていましたが、今はメンバーと一緒だからこそ挑戦できることがあります。メンバーそれぞれの強みや視点のおかげで関われる領域も広がりましたし、私自身も成長させてもらっています。マネジャーにチャレンジしていなければ、この景色は見られなかったと思います。本当にメンバーには感謝していますね」

<プロフィール>
高橋 光希(たかはし みつき)
パーソルビジネスプロセスデザイン株式会社でビジネスエンジニアリング事業本部 BE事業統括部 キャリア採用部 人材獲得グループ マネジャー
大学卒業後、2006年にパーソルキャリア株式会社(旧株式会社インテリジェンス)へ入社。5年間、IT領域を中心としたキャリアアドバイザーとして転職支援に従事する。2011年に公共ソリューション事業へ異動し、宮城県石巻市にて東日本大震災の被災者を対象とした就職支援や研修講師を担当。2013年にパーソルビジネスプロセスデザイン株式会社(旧株式会社インテリジェンスビジネスソリューションズ)へ転籍し、仙台コンタクトセンターにて採用、研修、品質管理業務に携わる。2018年より中途採用グループにてエンジニア採用を担当し、その後、母集団形成や採用品質管理を担当。現在はビジネスエンジニアリング事業本部の中途採用において、採用戦略の企画・実行や採用プロセスの品質向上に従事している。

パーソルグループは、「“はたらくWell-being”創造カンパニー」として、2030年には「人の可能性を広げることで、100万人のより良い“はたらく機会”を創出する」ことを目指しています。
さまざまな事業・サービスを通じて、はたらく人々の多様なニーズに応え、可能性を広げることで、世界中の誰もが「はたらいて、笑おう。」を実感できる社会を創造します。

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