壁を越えるたび、視界は広がった。決断を力に変えて歩んだキャリア―わたしとDEI(21)内藤 絵梨―

パーソルグループは、すべてのはたらく人たちが「はたらいて、笑おう。」を実感できる社会の実現を目指し、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)を推進しています。

本連載では、生まれた場所や育った環境、年齢、性別、経験、価値観などの違いを可能性と捉え、多様なキャリアを歩む社員を紹介します。

第21回目は、パーソルキャリア株式会社でエージェントサービス事業部 首都圏キャリア支援統括部 CAFS部 マネジャーを務める内藤 絵梨です。

目次

エースで4番のキャプテン

「お気に入りの自分でいられる人があふれる社会を創りたい」

これは、パーソルキャリア株式会社のエージェントサービス事業部ではたらく内藤 絵梨が、2022年の年明けにマネジャー昇進試験を受ける際、内省しながら定めた個人的なビジョンです。

取材の終わりに、「いまの自分はお気に入りですか?」と尋ねると、内藤は爽やかな笑顔で「はい、お気に入りです」と答えました。

しかし、2018年に中途入社してからの道のりは、けっして順風満帆ではありませんでした。

神奈川県藤沢市で生まれ育った内藤は、子どものころから先頭に立つタイプでした。中高一貫の女子校に進み、6年間所属したソフトボール部では、高校3年になるとエースで4番のキャプテンとしてチームを率い、部の目標だった県大会出場を果たします。

「高3の時に中1の子が入ってくるので、ついこの間まで小学生だった子たちが部活って楽しいな、もっとうまくなりたいな、チームで勝ちたいなと思ってもらうために何ができるか、すごく考えましたね。部活を通して、私にとってみんなでハイタッチできるような瞬間をつくり出すことが大切だと実感しました。今のマネジャーとしての原体験です」

高校時代、好きな芸人のライブを観て舞台に憧れ、大学では演劇サークルで役者にも挑戦。しかし、観る人によって評価が分かれる「正解のなさ」が苦手だと感じて、「〇×がはっきりした仕事がいい」と営業職を志望します。

2014年、新卒で不動産デベロッパーに入社し、土地の所有者に賃貸マンションやオフィスの開発を提案する企画開発の仕事に就きました。

大学でスポーツ科学を学び、建築の知識ゼロだった内藤は必死に仕事を覚えました。しかし3年目、ある出来事をきっかけに、周囲との関係性が変化し、職場で孤立感を抱くようになります。
日に日に居場所を失っていくような感覚が募り、やがて泣きながら出社するほど追い詰められました。そんな経験を通じて内藤は、「健やかにはたらくって当たり前じゃないんだ。それなら私は健やかにはたらく人を増やせる自分でありたい」と転職活動を始めます。

その想いを聞いて、「一緒にはたらきませんか?」と声をかけたのが、転職相談の際に出会ったdodaのキャリアアドバイザー(CA)でした。その誘いを受けて2018年、パーソルキャリアに中途入社します。

「人材系の企業をいくつか見る中でも、dodaの人たちは私の価値観をちゃんと分かろうとしてくれているなと感じました。それに、面接でも私と同じ想いを持つ人たちにたくさん出会えたことが大きな理由でした」

忘れられない出会い

内藤のキャリアは、製造業界ではたらく転職希望者に仕事を紹介するCAからスタートしました。

「お客さまをいい方向に導くんだ」と前のめりになっていた内藤は当初、まったく成果を出せませんでした。焦りを募らせる彼女の転機となったのは、入社3カ月目に担当したある男性との出会いです。さまざまな事情から中学校卒業後に社会に出て、転職も経験してきたその男性は、「あなたの夢はなんですか?」と尋ねる内藤に、こう答えました。

「俺、スーツ着たいです」

想像もしていなかった回答を聞いて、内藤は気付きました。

「私が導くなんて、おこがましかった。その方が一生懸命考えて導き出してくれたご自身なりの未来に向けた想いこそ、私が叶えるべきものなんだ」

当時、施工管理の仕事をしていたこの男性は、スーツを着る営業職に転職しました。採用先からも「これまで同様のご経歴の方を採用した前例はなかったが、この方ならぜひ迎えたい」と言われ、内藤は大きな手応えを得ました。

「育成担当のブラザーにもたくさん大切なことを教えてもらって、忘れられない経験になりました。個人と法人の間に入って、それぞれが求めているものを叶えていくことがCAの価値を発揮するということだと腑に落ちました」

もともと「馬力があるタイプ」の内藤はこの出来事をきっかけに、成果を積み重ねます。2019年春、不動産領域に異動になると、半年後にはユニットリーダー、その半年後にはアシスタントマネジャー(AM)に昇進しました。

ゼネラルマネジャーからの厳しい指摘

チームのメンバーは11人。「期待されたら応えたい」という内藤はやる気に燃えていましたが、新型コロナウイルスのパンデミックと重なって仕事のスタイルも急速に変わる中、スランプに陥ります。

AMに就いて1年後、ゼネラルマネジャーに「あなたのやり方は、マネジメントになっていません」と指摘され、内藤は泣きながらマネジャーに「納得できません!」と訴えました。しかし、マネジャーと話し合う中で、自分に不足していたことが徐々に明確になります。

それまで「メンバーがそれぞれレベルアップすれば予算を達成できる」と考え、個別の育成を心がけていました。初めて部下ができたユニットリーダー時代にそれが楽しく、成果も出たという成功体験を踏襲していたのです。問題は、AMになるとメンバーが増え、さらにAMとしての新しい仕事もあるため、キャパシティオーバーになったことでした。

この時、マネジャーから教わったのは「部下に仕事を任せること」「データ(事実)を見て方針を立てること」など「組織全体を運営していく引きの目線」の大切さ。これを機に、半年単位でチームの方針を立て、それを実現するためのアプローチや品質のマネジメントを意識するように切り替えました。すると、チームの成績が見違えるほど伸びました。

「私はメンバーの誰一人置いていかないぞ、私が助けるんだって思っていたんですよ。いま思えば、それでリーダーの自分がパンクしているんだから、うまくいかないですよね。マネジメントの方法を変えたら私も楽になったし、部下からも以前より建設的な意見が出るようになって、組織としてすごく良くなりました」

「武器を一つ失った」感覚

この変化を評価され、2021年の夏にはマネジャー昇格試験受験の打診がありました。そのときは「まだ何も実ってないから」と断り、チームが軌道に乗ったと自他ともに認められた同年秋、昇進試験を受けることを決めました。

マネジャーのサポートを受けながら年明けの試験に向けて準備を進める過程で、仕事をする上でのビジョンが定まりました。それが冒頭に記した「お気に入りの自分でいられる人があふれる社会を創りたい」です。

2022年4月、マネジャー就任。1年目はクロスインダストリー領域内で不動産のほかに食品や日用品などを扱う「消費財営業」も担当するようになり、チームのメンバーが20人を超えました。CAとして予算を持たないマネジャーになって抱いたのは、「武器を一つ失った」という感覚でした。

「AMの時はお客さまを担当していたので、自分の背中を見せられたんですよね。私はCAとして成果が出せたから昇進できたし、結果を出すことでメンバーの信頼を得てきたと思っていたので、後ろ盾がない状態でマネジメントしなきゃいけない不安が大きかったです」

この時にも効果的だったのは、「組織全体を運営していく引きの目線」。業務指導が必要なメンバーには個別にアドバイスし、すでに一人前のメンバーには組織としての課題を共有して、その解決が個々の成長にもつながるように指示を出しました。「仕事を渡すのではなく、課題を渡す」と表現するこの手法によってメンバーが自発的に動き始め、最終的にはメンバーが主体となってチームビジョンができあがるようになり、期待以上の成果が出たそうです。

「すごく悔しい」苦渋の決断

マネジャー就任2年目の2023年、異動により金融業界における異なる2つの領域のチームを兼務することになりました。

兼務によってメンバーが30人以上に増えた中、新たな課題に直面します。2つの部、合わせて4チームに対し、AMが1人しかいなかったのです。

「本来はAMに任せるべき仕事も自分で担わざるを得ず、業務量はかなり多い状態でした。ただ、私にとってそれ以上の課題は、AMになりたいと言うメンバーがほとんどいなかったことです。当時は、CAという仕事の面白さや奥深さ、そしてその先のキャリアの広がりを十分に伝えられておらず、結果としてAMというキャリアを目指す人材が育ちにくい状況になっていました。」

そこで、内藤は部の方針として自分のビジョンを語り、「みんなでこういうサービスを、組織を作りたい」「CAの仕事を楽しんでほしい」とメンバーに伝えることから始めました。それが浸透し、チームとしての足並みが揃ったと感じるまでに、1年を要したそうです。そのタイミングで、内藤は苦渋の決断をします。上司に兼務の解除を申し出たのです。

「兼務によって視野は広がりましたが、その一方でマネジメント会議や評価会議、部ごとに異なる方針への対応など、求められる役割は大きく増えていきました。このままでは再び自分がキャパシティオーバーになる。その危機感がありました。せっかく託された役割を手放すことへの悔しさはとても大きかったです。でも、チームをさらに成長させるためには、今は兼務を続けることよりも、一つの組織と真剣に向き合うことが必要だと判断しました。」

2024年春、兼務を解除し一つの部に専念することに。そこからチームは一気に成長スピードを上げ、ひと息ついた2025年1月より産育休に入りました。

「仕組みづくり」の効果

今年5月に復帰して、3カ月(取材時点)。出社の日は子どもの保育園のお迎えで16時には会社を出る日々になりましたが、産育休に入る前から準備していた「仕組みづくり」の効果を実感していると言います。

「Power Query(マイクロソフトのデータ処理ツール)を使って自分の基準をツールに落とし込み、それをメンバーに使ってもらうようにして、サービスの水準を担保しています。以前より時間の融通が利かない分、判断の速度を上げる、メンバーに仕事を任せるというマネジャー本来の仕事に近づきましたね」

内藤は、「管理職が向いているかどうかは、実際にやってみなければ分かりませんし、ライフイベントとキャリアのどちらかを諦める必要もありません。迷っているなら一度挑戦してみてほしい。地続きの今をなんとなく選択するよりも、挑戦した先に見える景色があると思います」と語ります。

入社以来、何度も壁にぶつかっては乗り越えてきた内藤自身も、さらなるステップアップを目指します。「お気に入りの自分でいられる人があふれる社会を創る」ために。

<プロフィール>
内藤 絵梨(ないとう えり)
首都圏キャリア支援統括 CAFS部 マネジャー
2014年に不動産デベロッパーへ新卒入社し、賃貸マンションやオフィスの企画・開発に携わる。
2018年にパーソルキャリアへ入社後は、キャリアアドバイザーとして幅広い業界の転職支援を経験。
2022年にマネジャーに着任。
不動産・有形商材領域や第二新卒領域、マーケット開発領域の立ち上げなど、多様な組織運営に携わる。
2023年からは金融領域へ異動。2025年に産育休を取得し、現在は1歳半の娘の育児と仕事を両立しながら、首都圏キャリア支援統括 CAFS部のマネジャーとして金融領域のキャリアアドバイザー組織を率いる。「お気に入りの自分でいられる人があふれる社会」を目指し、メンバー育成や組織づくりに取り組んでいる。

パーソルグループは、「“はたらくWell-being”創造カンパニー」として、2030年には「人の可能性を広げることで、100万人のより良い“はたらく機会”を創出する」ことを目指しています。
さまざまな事業・サービスを通じて、はたらく人々の多様なニーズに応え、可能性を広げることで、世界中の誰もが「はたらいて、笑おう。」を実感できる社会を創造します。

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