人的資本経営の先にあるものとは?「第4回 日経Well-beingシンポジウム」に登壇

パーソルグループは、日本経済新聞社が主催する「日本版Well-being Initiative」(※)に参画しています。2022年10月6~7日には、イベント「第4回 日経Well-beingシンポジウム」が催され、企業価値向上につながるWell-being(ウェルビーイング)のあり方について話し合われました。

このうち、初日に行われたパネルディスカッションでは「Well-beingと人的資本経営が目指すもの」をテーマに議論を展開しました。本記事では、その一部をご紹介します。

(※)「日本版Well-being Initiative」
Well-being(実感としての豊かさ)を測定する新指標開発やWell-being経営の推進、政府・国際機関への提言、Well-beingをSDGsに続く世界的な政策目標に掲げることを目指す。国内企業18社が参画。

■登壇者
一橋大学 CFO教育研究センター長 伊藤 邦雄氏
ロート製薬株式会社 取締役 CHRO 髙倉 千春氏
パーソルホールディングス代表取締役社長 CEO 和田 孝雄
<モデレーター>パーソル総合研究所 井上 亮太郎

目次

重要なのは経営戦略と人材戦略の連動性

井上:これからのWell-beingについて考えるにあたり、本日は3つのキーワードでお話を進めていきたいと思います。1つ目は「人的資本経営」、2つ目がその「情報開示」、そして3つ目が「職業生活におけるWell-being」です。まずは1つ目の「人的資本経営」を考えるにあたり、先に少し整理しておきたいと思います。

人的資本とは一般的に、物やお金のように人の持つ能力を資本として捉えた言葉で、主には経済学の用語だと言われています。具体的には個人が身に着けている知識や技能、資格、意欲、あるいは属性などを指し、この人的資本への投資は、個人の健康状態の改善や幸福感の向上、社会的結束の強化といった非経済的な利益をもたらすというのが一般的に語られていることです。そしてOECD(経済協力開発機構)では、これが最終的に経済的な利益にもつながるのだと定義付けされています。

これを踏まえた上で、伊藤先生にさらに踏み込んだご解説をお願いできればと思います。

伊藤氏:なぜ人的資本経営が必要なのかといえば、それは個人も企業もともに幸せになるためであるわけですが、最近では言葉ばかりが先行して、受け身になっている企業も散見されます。そこで人的資本経営のエッセンスをまずお話しさせていただくと、人材というのは資源ではありませんから、管理の対象ではなく、むしろ人的資本あるいは人的資本の価値創造というパラダイムに向かうべきだというのが大切なポイントになります。

私のレポートにおいても、従来のパラダイムから今後どう変わっていくべきかという変革の方向性を示しています。そのエッセンスをまとめたのが以下の図で、3つのパースペクティブと5つのファクターからなるこのチャートを私は「3P・5Fモデル」と名付けました。

伊藤氏:簡単に解説すると、パースペクティブとは「経営戦略と人材戦略は連動しているか」、「目指すべきビジネスモデルや経営戦略と、現在の人材や人材戦略との間のギャップを把握(見える化)しているか」、「人材戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促すような企業文化が定着しているか」の3つです。そして、そこには5つの共通要素があると考えられます。

伊藤氏:このうち3番目の学び直しについては近年、「リスキル(リスキリング)」という言葉が盛んに使われるようになりました。これは日本企業にとって大変重要で、新しいビジネスモデル、経営戦略を遂行しようとすれば、現在の人材との間になんらかのギャップが生じます。そこでそのギャップを外部人材だけで埋めきれるかというと必ずしもそうではありませんので、既存の人材のスキル獲得機会をもっと企業として後押ししていこうということですね。

井上:確かに、リスキリングに関心の高い企業が増えていますね。

伊藤氏:大切なのは「人的資源」ではなく「人的資本」という考え方で、資源と捉えるとどうしても管理の対象になり、コスト意識で見てしまいます。そうではなく、人材に適切な機会を提供し、その人の潜在能力に合った仕事を提供すると価値が向上すると捉えるべきなんです。逆に言えば、放っておけば価値は縮んでしまう、と。だからこそ人的資本への投資が必要だということです。

つまり、一定の成果を上げるために人的資源は最小限に抑えるべきだという“efficient(効率的)思想”から、一定のインプットを最大限に活用して、最大のアウトカムを得るという“effective(効果的)思想”へと転換していかなければなりません。そこで人的資本経営では人的資本への有効な投資が必要になり、それを投資家などステークホルダーにどう開示していくかもポイントでしょう。

井上:なるほど。「人的資源」ではなく「人的資本」という考え方を、ステークホルダーにも理解を求めるということですね。

伊藤氏:そうですね。その上で人的資本情報には、たとえば女性管理職比率などのような、他社と比較しやすい定量的なものと、その企業の独自性のある取り組みの2種類があります。もちろんどちらも大切な情報なのですが、内閣の会議などでより関心を持たれているのは後者です。社内では当たり前の取り組みであっても、社外から見ると独特な取り組みというのもありますから、ぜひ一度、そうした取り組みの棚卸しを試みていただき、その情報をどんどん開示してほしいですね。

私は先日、価値共創ガイダンスの改訂版を公表しました。ある価値観から始まって、それがさまざまなカテゴリーに通じていますが、大切なのはこの間をつなぐ鎖の部分です。この価値創造ガイダンスはインターネットですぐに入手できますので、それぞれをつないで価値創造のストーリーをぜひつくってください。そしてそこに人的資本情報をうまく組み込んでいただきたいと思っています。

伊藤氏:このガイダンスに沿って価値創造ストーリーをつくっていただき、その一環で人的資本情報の開示について議論を深めていただければと思います。

人的資本経営は何を目指すべきか?

伊藤氏:今、人的資本情報も含め、世界的に非財務情報の可視化の枠組みが発表されています。たとえばTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が、情報開示に関して4つのカテゴリーを示しています。

伊藤氏:この4カテゴリーは非財務情報を可視化するフレームワークになっています。皆さんの人的資本情報の開示も、この「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」という4つのカテゴリーに沿って整理されてみるといいのではないでしょうか。

井上:大変分かりやすいですね。では、こうした点を踏まえて、人的資本経営ではどのような事を大事にすべきでしょうか。

伊藤氏:それについて私は最近、モデル3.0というのを発信しております。仮に、従来の日本のメンバーシップ型雇用をモデル1.0とすると、最近言われているジョブ型雇用が2.0の位置付けになります。ただし、欧米のジョブ型を日本にそっくりそのまま導入するのは難しく、仮にできてもそれで日本企業が良くなるかというと、疑問もあります。

そこで提唱しているのがモデル3.0で、これは端的にいえば人的資本を経営の真ん中に置くモデルです。ジョブ型雇用のモデル2.0の場合、新しいビジネスモデルを実行する際、それに適した人材を雇入れることになりますが、戦略やビジネスモデルが変わるとお役御免となってしまいがちです。それでは専門性の高い人材が使い捨てになってしまうリスクがありますが、日本企業はジョブ主体で入ってきた人材を資源と見るのではなく、その人材の中長期的な成長を支援し、それが会社の成長につながる循環型の経営をしていく必要があると思います。

井上:それがまさに、社員のWell-beingの向上にもつながっていくということですね。

伊藤氏:そうですね。いわば個人版の“両利き”のスキル形成というのも必要で、人材には今まで築いてきたスキルを深めていただきながら、もう一方で新しいスキルを模索して獲得していただくのが理想でしょう。

アリストテレスは幸福こそが最高善だと言いました。これは手段ではなく目的で、最高善なわけですから突き詰めれば経営の目的もまさにここにあるはずです。その意味でも人的資本経営の投資と開示を循環させることが大切なのです。

井上:ありがとうございます。伊藤先生から人的資本経営とは何か、そして人的資本経営が目指す世界観についてご解説をいただきましたが、ここからはWell-beingを向上させる人的資本経営の実践について、実務家のお二人からもお伺いしたいと思います。髙倉さん、ロート製薬ではいかがでしょうか。

髙倉氏:我々はWell-being経営と人的資本経営は同義と考えていて、実は創業当初からWell-being経営を実行してきた企業なんです。実はWell-beingという言葉がこれほど話題になる前、今から3~4年ほど前から、若手社員の発案によってこの言葉を使い、2030年の経営ビジョンを策定しています。

髙倉氏:私たちの定義はここにあるように非常にシンプルで、Well-beingとは身体も心も活き活きとし、さまざまなライフステージにおいて笑顔あふれる幸せな毎日を過ごすこと、と示しています。これを世界のあらゆる人たちが実感する時間が少しでも長くなるように、ということが定義の内容です。

ポイントはつなげていくこと、3つの「コネクト」です。医薬品などさまざまな事業でイノベーションを起こし、幅広くつなげていくこと。それを実現するために、社内外の仲間、組織と組織をしっかりつなげていくこと。そして、信頼の上に人材を育成し、一体感ある組織をつくり上げて、人々のさらなるWell-beingにつなげていくことです。言い換えればこれは、「全員戦力化」ということでもあります。

井上:そのために、どのような取り組みを行っているのでしょうか?

髙倉氏:私たちが目指すのは、個人と会社の共成長です。特に個人により重きを置かなければ、次の事業展開は成立しません。その上で全員が「仕事の価値」を高め、社会に価値を出していこうという評価軸が、ロートバリューポイントです。そしてその裏側に、Well-beingポイントがある、と。やはり世界的な価値を出すエンジンとして、一人ひとりがWell-beingを実現できていなければエネルギーは出ません。そこで半期に一度、Well-beingポイントを可視化しています。

ただ、なかなか会社の中だけで人生やキャリアを満たせるような経験ができるかというと、残念ながらそうではないでしょう。先ほど伊藤先生がおっしゃった、いろんな価値をつくるためには経験がいるわけで、そうなると兼業や複(副)業が必要になります。これもかなり早くから私どもが取り組んできたことで、社内だけでなくていろんな環境でさまざまな経験を積んでもらいたいと我々は考えています。それが個人の成長であり、会社の成長にもなるはずです。

井上:なるほど。実際に髙倉さんは以前にも、社員というのは会社の持ち物ではないとおっしゃっていましたね。

髙倉氏:そうですね。社員は会社の所有物ではないという考え方を大切にしていて、一人ひとりが人間としてどう仕事に向き合うのかを重視しています。そこで、その人の職業観や人生観を真ん中に置いて、ロート製薬でその中のどの部分が実現できるのかを考えたいと思っています。ロートのパーパスと個人のパーパスがシンクロするのが理想ですが、社内の経験だけではおそらく個人の職業観や人生観をすべて満たすことはできないでしょう。

井上:だからこそ、兼業や複業を認めて、促進しているわけですね。

髙倉氏:兼業複業の取り組みをもう10年やっていますが、振り返るとこれはかなり会社のためにもなっていると実感しています。外のネットワークを社内に持ってきてくれるということもありますし、社内では学べないことを経験して持ち帰ってきてくれることもあります。リスキルについてもそうですが、やはり私たちは謙虚になって学び続けなければ、この変化の激しい世界にはとてもついていけません。

実際、私たちの昇格要件というのは、“学び続ける覚悟があるのか、そしてそれをバネにして社会課題に挑戦する覚悟があるのか”という点にあるんです。それがなければハイパフォーマンスを出したとしても、将来の価値は出ないという方針ですね。この10月からスタートした人事制度はそこが根幹になっています。

Well-beingが高まれば競争力も高まる

井上:では、その人材を事業領域とするパーソルグループではいかがでしょうか?

和田:これはまさに我々のビジネスのど真ん中にあるテーマですよね。パーソルとしてはより個人にフォーカスして、しっかりと一人ひとりに寄り添うことが重要だと考えています。我々は50年にわたり、人材ビジネスに携わっていますが、その間に学んだのは、人は仕事を通して成長するということです。仕事は成長のための本当に良い機会ですし、そのための「場」や「気付き」をちゃんと用意してあげれば、人は必ず成長します。

そこになかなか踏み出せない人であっても、新しいチャレンジの機会を提供すれば、思いきり変わっていくこともあります。だからこそ、個人がいかに選択できる状態をつくり、そしてその選択をできる状態をサポートできるかなのだと思います。その意味でも、学び続けていくリスキルは大切ですし、社内異動・複業といった制度を活用して新たな学びを得てもらいたいと思っています。弊社でも、ロートさんと同じように複業・兼業を解禁しています。

和田:Well-beingが高まれば、エンゲージメントが高まります。そしてエンゲージメントが高まればチームワークが高まり、チームワークが高まれば企業の生産性は高まるはずです。そうしてその企業の競争力が高まり、また新たな雇用の場やチャレンジの場が生まれていく。そんな循環をつくっていくことが日本の経済成長に寄与し、そこから得られる成長や評価、達成感などが、我々が掲げる「はたらいて、笑おう。」につながります。

井上:そうですね。最初にはたらく人のWell-beingがあり、それがパフォーマンスの向上につながっていく。つまりスタートラインにあるのはWell-beingということだと思います。

ちなみに外資系企業では昔からヒューマンキャピタルという言葉が使われますが、これは伊藤先生がおっしゃった日本のモデル3.0に近いものでしょうか。髙倉さんにぜひご意見を伺いたいです。

髙倉氏:私、実はキャリアの2/3くらいが外資なのですが、1990年ごろにはおっしゃるようにヒューマンリソース、つまり人材=資源という考え方が主流でした。そこでグローバルハイパフォーミングカンパニーとして、そのリソースを最適配分をしようということをやっていたわけですが、2000年くらいになると、やはり人材がいなければ価値が創出できず、将来に向けたタレントマネジメントの取り組みが進みました。ヒューマンアセットという言葉に変わったのはこのあたりからですね。最近では投資家の皆さんもそこを注目されているように感じます。

井上:そうなるとはやはり情報開示は重要で、冒頭で伊藤先生がおっしゃったような価値創造ストーリーが大事ですね。

和田:我々の場合のそれが、「はたらいて、笑おう。」という世界をつくることですよ。これは、我々にとっての原点でもあります。人的資本は価値創造の源泉の一番上に掲げるべきもので、人材により幸せになってもらうためには売り上げ一辺倒ではいけません。

伊藤氏:これは決してリップサービスではないのですが、「はたらいて、笑おう。」というのは本当に素晴らしいグループビジョンだと思うんです。日本の企業人はあまり笑わないですからね。若い人たちと話していると、上司など管理職の人たちが楽しそうにしていなければ、自分たちも笑えないと言います。今までははたらいていれば幸せになれるとどこかで思っていたかもしれないけど、喜びや笑いが仕事にくっついていないと、幸せになれないですよ。もう終身雇用の時代ではないわけですし。

終身雇用が保証されていて、はたらいていた期間はあまり笑わなかったけど、定年退職の際につつがなく勤め上げられたことを喜んで笑うというのも否定はしません。しかし、本音としてはやはり、今はたらいている人が自分の価値が上がったことを実感して笑ってほしい。そのためにはまさに皆さんがおっしゃったように、自分の仕事を自分で選べることは重要だと思います。

和田:ありがとうございます。やはり個人が仕事を選べることがすごく大きな要素で、さらにそれが誰かの役に立っているものだと実感できればいいですね。

髙倉氏:お二人がおっしゃるように、外の情報を広く取ってきて、それをどうやって主体的に選択して活躍するかという部分にこそ、Well-beingやエンゲージメントの源泉があるのだと思います。自分で情報を取ってきて、一人の人間としてどのようなキャリアを歩みたいのか。我々はこれに向き合い兼業・複業で取り組んできました。

実際に私が預かっている人事部でも、1/3くらいが社内兼業をやっています。広報と兼業したり、事業部と兼業したり、そうすることで社内から広く情報を取ってくるわけです。複業も同様です。そこで私に「今の人事はこうだけど、将来こうなったほうが事業のためになりますよ」と提案されたりすると、兼業や複業の機会がその人材にとって本当に成長の起爆剤になっていることを実感します。

井上:そうですね。本日は人的資本経営とその先に見据えるWell-beingな世界観について、さまざまな視点からお話を伺いました。しかし、Well-beingな世界といったものは一企業が単体で成し得るものではありませんので、Well-beingこの「日本版Well-being Initiative」に参加する企業の輪をどんどん広げていくことができればいいですね。

以下のサイトでは、「はたらくWell-being」についての解説やさまざまな事例をご紹介しています。
ぜひご覧ください。

はたらくWell-beingってなんだろう?
https://www.persol-group.co.jp/sustainability/well-being/

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