Be daring. Be first. Be different. 洪 鵬/PERSOL Group Awards2025 歩み続けるそれぞれのストーリー

パーソルグループでは年に1回、グループ内表彰「PERSOL Group Awards」を実施しています。「PERSOL Group Awards」とは、グループビジョン「はたらいて、笑おう。」を象徴するパーソル社員とその仕事の成果に贈られる、グループで最も栄誉ある賞のこと。各SBU、およびユニットに貢献し、提供価値を創出した社員を表彰しています。

本連載「歩み続けるそれぞれのストーリー」は、2025年度「PERSOL Group Awards」を受賞した社員たちそれぞれが、どんな人生を歩んで成長し、受賞の栄誉を勝ち取るに至ったのか——。彼らの人生を形づくるバックボーンや、仕事への情熱、そして大切にしている想いが生まれたエピソードなど、これまでの歩みをストーリーでご紹介します。

プロフィール:
パーソルキャリア株式会社 洪 鵬(2023年入社)

受賞案件サマリ:
洪のチームが開発した職務経歴作成特化型独自生成AIは、小型言語モデルをファインチューニングした、転職希望者向けに職務経歴書を自動で作成するパーソルキャリア初の独自生成AIモデル。転職サービス「doda」独自のデータを活用することで、出力される職務経歴書のクオリティを向上させることに成功。また、学習や推論など生成AIの開発・運用にかかわる全工程を内製化することで、より安全なサービス提供を可能にした。現在は小型言語モデルをさらに応用したプロダクトやサービスの開発を目指している。

目次

難航する転職活動。それはまるで夜空の星をつかもうとするような日々

「なんて難しいんだ、転職活動……」
つい数年前、まるでうまくいかない転職活動に、私は頭を抱えて日々を過ごしていた。転職活動は、これまでの人生で出会った最も難解な問題の一つだったと言っても、けっして言いすぎではないだろう。

大学院で博士号を取得するまで、そしてその後も約10年、大学や公的研究機関に任期付きで雇用されて研究に従事するポストドクターとして、ずっと宇宙惑星に関する研究に取り組んできた。その間、東京大学や千葉工業大学で勤務したけれど、その仕事に就く際には教授の紹介や推薦があったため、「仕事探し」はしなかったのだ。

私にとってはじめての経験である転職活動。まず何から始めればいいのかも、分からなかった。
当時の私を端的に表すと、「年齢は35歳。民間企業での就業経験なし。専攻分野は惑星科学。博士号取得後も宇宙関連の研究や惑星探査の事業に従事」というもの。
このスペックが企業にとって魅力的に映るのかも、そもそも分からない。自分の何をどのようにアピールしていいか分からず、転職活動初期は職務経歴書に論文や学会発表といった研究実績を10ページほど列挙していたほどだ。担当してくれているエージェントも、私のような人材は珍しいのか、アドバイスに困っている様子。そうして、私の転職活動はうまく舵を取れず、難航してしまったのだ。

「就きたい仕事の条件は明確なのに……」
正社員雇用であること。仕事と家庭を両立させられること。そして、できればこれまで人生を捧げてきた研究活動で得たスキルや知見を活かせること。
これだけ明確に掲げているので「スムーズに仕事が見つかるだろう」とスタート時は楽観視していた。なのに「ここでならはたらける」と思った企業も、アピールの仕方が悪いのか、ことごとく不採用。まるで天体観測と同じ感覚。
求人は星の数ほど目の前にあって、手を伸ばせば届きそうなのに、実際は何光年もの距離が離れていて、決してつかむことができない。
「報道やドラマのテーマなどで『自分に合った仕事に就くのは難しい。たくさんの人が苦労している』というのはよく見てきたけれど、これほどとは」と驚くばかり。「天職」に巡り会えることがいかに難しいのか、私は身をもって知ったのだ。

夢だった宇宙の仕事に就くも、厳しい現実が人生に立ちふさがってきた

「将来は天文学者になります」
小学校の卒業アルバムにはすでにそう書いていた。そのころから宇宙にかかわること、研究者になることを決めていた。
我が家は、祖父も父も研究者・技術者という家系だった。父も母も中国の大学でキャリアをスタートし、留学で訪れた日本に移住。理系の家系だったため、家庭で話すのは最新の技術や発見など、科学技術の話題が多かった。父に私は「博士号を取れば、生活には困らない」と幼いころから言われてきた。
だから疑うことなく、博士号を取る道に進んだ。宇宙を選んだのは、夜空に輝く無数の星々にロマンを感じたから。物心ついたころに、テレビで放映された無重力空間に浮かぶ宇宙飛行士の姿を見て興味を刺激され、高校時代には教師にすすめられた惑星学者でもあり作家でもあるカール・セーガン博士の著作に夢中になったから。

宇宙には無限の可能性がある。宇宙はフロンティアだ。
そんな期待を胸に、私は大学院に進学し研究者の道に進んだ。だが、現実はなかなかに厳しかった。たしかに、宇宙にはロマンがあり、未知の分野が多く、知的好奇心や探究心を常に刺激してくれる。
ただ、一つのプロジェクトがとにかく長い。特に惑星探査においては3年、場合によっては10年かけて取り組むものも多くある。一方で、ポスドクは正社員雇用ではなく、前述のとおり任期付きの雇用。1年毎に契約更改がある。社会状況や国策などの影響で、プロジェクトが縮小・中止になり、契約が更新されないことも多々あるのだ。
「来年はこのプロジェクトにかかわれないかもしれない。そうなれば、いつまでも成果が出せず、先のキャリアに進めない」。ポスドクの多くはそんな不安を常に抱えながら、研究に取り組むことになる。私は比較的長く同じ研究に携われていたものの、研究のゴールははるか先で、目覚ましい成果はまだ出せていなかった。私もほかのポスドク同様、契約更改の時期が近づくたび、不安に襲われていた。結婚もしたが、妻の収入にも支えられながら生活する中で、不確定で不安要素の多い将来へのストレスは増加した。
夢だった宇宙の仕事に就いているのに、どろどろとした不安やストレスが、私の腹にマグマのようにじわじわと溜まっていったのだ。

それが噴出したのは、娘が生まれたタイミングだった。
娘には重い障害があり、常に夫婦のどちらかが育児にかかりきりにならねばならなかったのだ。だが、私は出張も多く、実験で夜遅くまではたらくことも多い。深夜に帰宅して妻が疲れきっているのを見るのは、本当につらかった。また、ポスドクのままでは次の勤務先がどこになるかも分からず、腰を落ち着けて育児ができる状態ではなかった。だから、民間企業への転職を決意したのだ。

ただ、仕事に就けなかった。本当に星の数ほど求人はあるのに。
「これだけ求人があるということは、それだけ転職希望者もいるはずだ。それなのに、こんなに職探しに苦労するのは問題だ。はたらきたいのにはたらけない人、私のようにアピールに困難を感じたりして、天職に巡り会えない人がたくさんいるはずだ。これは社会の課題ではないのか。なんとかならないのか」
うまくいかない転職活動に頭を抱えながら、そんなことを感じていた。だからこそ、人材系のパーソルキャリアに興味を持ったのだ。

やっとつかんだ仕事は、人生の新たな目標を見つけられる天職だった

「パーソルキャリアの求人面白そうじゃない?私だったら、ここを志望するなー」
そう言ってくれたのが過去に転職経験があった妻だった。育児と仕事を両立させ、家計も支えてくれていた妻は、当初は「選んだ道なんだから、ずっと研究者でいていいんだよ」と言ってくれた。だが、娘と妻のため、家庭のために本気で転職活動に取り組み、それだけに失敗に本気で悔しがり、悩み続ける私を見て、さまざまな企業を調べてくれ、アドバイスをくれた。
当時、「doda」は聞いたことがあったが、パーソルキャリアという会社は知らなかった。しかし自分でも調べてみると、妻の言うとおり。パーソルキャリアなら、掲げていた条件にも合致している。ものづくりが苦手な理論系の理系人材である私が活躍できる分野もありそうだ。しかもパーソルグループには障害者雇用や宇宙ビジネスを手がけている会社もある。「ここならはたらける」ではなく、はじめて本気で「はたらきたい」と思える会社にやっと出会えた、と感じた。だから、アピールに凝り、自分をより良く見せようとするのではなく、これまでの人生と今の家庭の状況をありのままに話し、認めてもらおうと決めた。その上で
「仕事はもちろんだが育児にもしっかりと取り組みたい。妻任せではなく、家庭を支える両輪の一つになりたい。そして、身をもって知った、仕事探しの難しさなど社会課題を解決する挑戦がしたい」と伝えた。それが、ライフステージの変化と難航する転職活動の中で見つけた、自分がやりたいことだったから。

面接を担当したパーソルキャリアのマネジャーは、しっかりと私の話に耳を傾け「経歴を拝見するに、洪さんなら大丈夫。やれる。洪さんがやりたいことを実現するために、いっしょにがんばりましょう」と言ってくれた。その言葉は私に安心感と、よりいっそうの「ここではたらきたい」という気持ちをくれたのだった。

入社して手がけることになったのは、当時急速に発展の兆しを見せていた生成AI。それを活用して、プロダクトやサービスを開発する仕事。
ポスドク時代に、機械学習の経験はあったが、生成AIはまだ触ったことがなかった。しかし生成AIの専門家が社内にまだいなかった。だからこそ、楽しさとやりがいはもちろん、未知の領域を開拓するようなワクワク感もあった。
リモートワークも多く、娘と過ごせる時間が増え、家庭との両立もかなった。社内には、障害のある子の親の会などもあり、さまざまな相談をする機会もあった。何より妻が「転職して活き活きしているね」と喜んでくれた。

「天職に巡り会えた。苦労もしたが、自分は本当に幸運だ」
そんなことを考えながら、笑顔ではたらく日々に、「この幸せを、仕事を探す多くの人が当たり前に享受できるべきなのではないか」と思うようになっていった。
そうして挑戦したのが職務経歴書生成独自AIモデルの開発。
「doda」に蓄積されたデータを活用し、自分の経歴を入力すれば、生成AIが職務経歴書を作成してくれるサービスだ。「doda」独自のデータでチューニングしたAIであり、精度が高く、エラーもほぼ起こらない。私のように転職活動で「どう自分をアピールすればいいのだ」と悩む人を救うサービスだ。今後は推薦状の作成やパーソナライズされた求人情報の提供など、ほかのサービスへの応用も視野に入れている。「多くの人が転職活動をスムーズに進められ、天職と巡り会えるように。自分が手がけたAIがその手助けになれば」という想いで、日々開発を進めている。

Be daring. Be first. Be different.

これは私が大切にしている姿勢。
「勇気を持って、誰よりも早く、人と違うことを」
自由にチャレンジができるパーソルキャリアなら、その姿勢を大切にしつつ、世の中に役立つサービスを開発できる。実際に入社1年目にして新規事業の実証試験にも挑戦させてくれた。今後も、自分のような博士人材、外国人材、そして家族の介護を行っているケアラーが安心してはたらける仕組みをつくりたい。そしてゆくゆくは、誰もが活躍できる社会をつくっていきたい。

見つけた星に、手が届く未来。描いた夢を、あきらめなくていい未来。そんな未来を、娘のためにも。
それが私の今の、人生で成し遂げたい目標だ。
子どものころからあこがれ、夢に見た宇宙。その研究に苦悩する中で妻と出会い、娘と出会い、そしてパーソルキャリアと出会った。「夢のかたちは変わることもある。でもいつまでも夢は追い続けていい。」今やっと、新たに目指す、決して揺るがない北極星のような人生の目標に、私は出会えたのだ。

パーソルグループは、「“はたらくWell-being”創造カンパニー」として、2030年には「人の可能性を広げることで、100万人のより良い“はたらく機会”を創出する」ことを目指しています。
さまざまな事業・サービスを通じて、はたらく人々の多様なニーズに応え、可能性を広げることで、世界中の誰もが「はたらいて、笑おう。」を実感できる社会を創造します。

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