“仕事がない” “年収が減る”は思い込み?調査から見えた地方移住の実態

近年、テレワークや副業・兼業を許可する企業も増え、はたらき方は多様化しています。そして、それは暮らし方の選択肢を増やすことにもつながり、地方圏への移住(※1)に関心が高まっています。
そこで、株式会社パーソル総合研究所では、地方移住意向者および地方移住経験者の実態や、移住に対する意思決定の要因など、地方移住に関する定量調査・分析を実施し、結果を発表しました。

(※1)本調査における移住とは、「自らが何かしらの意思をもって、主たる生活拠点を別の地域に移すこと」と定義し、会社の転勤およびバカンスなどの行楽的滞在は除いたもの。一方で、近年増えている二拠点居住やノマドワーカーなどについては「多拠点居住型移住」として、統合して調査・分析の対象としています。

●調査・研究の背景と目的
近年、職業生活と私生活の充実度は、お互いに影響しあってwell-beingを向上させることにつながるという研究が多く出され、就業生活と私生活の相乗効果をどう起こすかという「ワーク・ライフ・シナジー」の議論が行われるようになってきました。また、コロナ禍でテレワークが推進されたことで、はたらき方もはたらく場所も多様化し、都市から地方への移住・交流をする機運が高まっています。しかし、一方では主たる住居を地方圏に移したものの理想通りにはならず、短期間で挫折する事例も耳にします。

では、どうすれば豊かな生活を実感でき、より良くはたらけるのか――、それをひも解くため、パーソル総合研究所は2020年より、「就業者のはたらき方・暮らし方をひも解くプロジェクト」を発足。地方移住に関心を抱く個人や、自治体等の移住促進関係者、雇用企業の経営・人事の方々に資する知見を提供することを目的に、調査・分析を実施しています。

今回は、本調査を主幹している、パーソル総合研究所 主任研究員 井上 亮太郎に調査・分析の概要と、特に個人にとって有用なポイントについて教えてもらいました。

――今回の第一フェーズでは、どのような調査・分析をされたのでしょうか?

井上:地方移住意向者および地方移住経験者の実態調査と移住の意思決定要因を分析し、要因構造(メカニズム)の可視化を試みました。

――実態調査だけではなく、意思決定要因の分析や要因構造の可視化まで試みた理由は?

井上:人がなんらかの意思決定を行う場合、その判断には個人の意向のみならず、年齢や収入、家族の意向など、自身を取り巻くさまざまな要素から影響を受けます。それは移住においても同じこと。移住意思決定要因を調査し、何がどう影響しあっているか、そのメカニズムを明らかにできれば、“移住の意思決定”に対して直接的な要因となるもの、媒介要因となるものなどが見えてきます。
これらは、自治体が移住政策を考える際にも役立つと思いますし、企業にとっては優秀な人材を獲得・維持するための環境整備のヒントに、そして個人にとっては自分の暮らしに何が大切なのかを考えたり、移住を検討する際に押さえておきたいポイントなどを知る有用な材料になると思ったからです。

――調査はどのように進められたのでしょうか。

井上:“移住”と一口に言っても、移住の仕方はさまざまです。そこで、移住の意思決定に影響する要因は移住タイプごとに異なると仮定して、「Uターン型移住」「Jターン型移住」「Iターン型移住」「配偶者地縁型移住」「多拠点居住型移住」の5つのタイプ(※2)に分類し、実態を知るためのさまざまな調査・分析を実施しました。そして、要因分析ツールを使って直接的な要因などを導出し、ネットワーク構造をモデル化しました。

――個人が着目したい調査のポイントを教えてください。

井上:次の4つについてお話したいと思います。

【着眼ポイント】
1.テレワークと移住の関係
2.移住前後の年収
3.移住と転職の関係
4.移住5タイプの“暮らしの幸せ実感(以下、幸せ実感)”

――順番に伺っていきたいと思います。「1.テレワークと移住の関係」について教えてください。

井上:移住を具体的に考えている人の多くは、テレワーク(在宅勤務や遠距離居住)が可能であることが確認されました。とりわけ、移住を「5年以内に計画している」と回答している人の場合、半数以上の54.6%の人が「在宅勤務が可能」と回答していました(図表1:左)。このことからテレワークが推進されたことで、地方へ移住するというハードルが下がってきているという推察はできると思います。しかし、移住意向者の51.3%が何かしらの不安があり移住に踏み切れない状態であることも確認されました(図表1:右)。

(図表1)

――どんなことを不安に思っている人が多いのでしょうか?

井上:「年収が下がるのでは?」という不安は一つあるようです。

移住に際する年収減少の許容幅の調査では、20代の46.7%が減額は「考えられない」と回答しています。しかし、年代を経るごとに減収を許容する傾向にあります(図表2)。
20代では移住する前の年収もそう高いとは考えにくく、現状より下がることを懸念しているのだと思いますね。

(図表2)

「移住=転職して年収が下がる」はただの噂⁉

――「2. 移住前後の年収」の実情はどうなのでしょうか?

井上:移住を経験した人全体では58.6%が「変化なし」と回答しています。年代別で見ていくと、20代、30代は減収した割合より、増収した割合のほうが大きく、40代を境に、50代、60代は減収した割合のほうが増収した割合より大きいという結果になりました(図表3)。

(図表3)

――20代、30代で減収した人はわずか15%ほどというのは意外です。

井上:地方では望む仕事がないというケースは確かにあると思います。しかし、むしろ良い処遇条件を提示されるケースや副業・兼業が認められている企業もまた少なくはないのでしょう。そうした企業に転職したり、起業してやりたい事業で成功するなど、移住前よりも年収が増える可能性は地方にも多分にあるということです。また、「変わらない」と回答した人の中には、転職をせずに移住している人が多数含まれています。

――移住は転職を伴うというイメージがありますが……、「3.移住と転職の関係」について教えてください。

井上:「移住に伴う転職・職務変更」の調査では、「転職をしていない」と回答した人は53.4%(図表4)。こうしたケースを“転職なき移住”と呼んでいるのですが、そうした人が移住者の半数以上おり、そのほとんどが仕事内容も変わっていません。この結果には、私も正直驚きました。

(図表4)

――よく、「転職先(仕事)がないから移住できない」「年収が下がる」などと聞きますが、実情とは少し違うようですね。

井上:そうですね。一口に「地方」と言っても地域の中核的な都市も含まれますし、辺境の地のようなイメージが先行しているのかもしれませんね……。
憶測ですが、たとえば転職したい人は、移住相談所などに行ってその地域で仕事があるかを聞きますが、転職をせずに移住できる人はわざわざ聞きません。そういったことから、年収の変更がない“転職なき移住”者の存在が定量的にはあまり語られずにきたのかもしれません。

地域への過度な期待、性急な移住は危うい!事前に自分の居場所をつくろう

――「4. 移住5タイプの“幸せ実感”」について教えてください。

井上:移住後の暮らしで幸せを実感している人が多いのは、Uターン型移住(以下、Uターン型)と配偶者地縁型移住(以下、配偶者地縁型)でした(図表5:上)。しかし、何に幸せを感じているかは、その2つのタイプでも違いが見てとれました。「住・生活満足」「地域愛着」「職業生活満足」の3つの観点(※3)から見た「地域生活でのウェルビーイングの要因」分析で、Uターン型は配偶者地縁型より「地域愛着」が高い傾向にあることが確認できました。(図表5:下)。このことから、Uターン型は、地域への愛着が暮らしの質への自己評価を高めることに一役買っていると考えられます。

一方、多拠点居住型移住(以下、多拠点移住型)、Jターン型移住(以下、Jターン型)、Iターン型は、幸せ実感が相対的に低い傾向にあり(図表5:上)、中でもIターン型は、「住・生活満足」「地域愛着」「職業生活満足」すべてにおいてほかの移住型より低いという結果が出ています(図表5:下)。

(図表5)

――Iターン型移住を考えている人も多そうですが……。

井上:そうですね。移住5タイプの中でも56.7%と、最も多く検討されているのがIターン型でした(図表6)。実際の移住タイプの割合もIターン型が38.6%と5タイプ中一番多いという結果がでています。

(図表6)

――人気の移住タイプなのに、 移住後の幸せ実感は低い。何か理由があるのでしょうか?

井上:Iターン型は移住後の幸せ実感も低いのですが、移住前の生活の幸せ実感も、移住意向者5タイプの中で一番低いことが確認されました。

そして、移住意向者に移住に影響する項目を聞いた調査では、「街並みの雰囲気が自分の好みに合っている」「穏やかな暮らしを実現することができる」「十分な広さや間取り、日照など快適な家に住める」といった項目が上位にランクイン。一方、「人生設計が明確である」と答えた人は5タイプの中で最も少なく、わずか20%でした。

これらの結果から、Iターン型移住意向者は、生活や仕事などに対する満足度が低いが故に、地方圏の良いイメージを先行させて移住を考える、やや逃避的な傾向が一定の割合であることが伺えます。そして、その心持ちで移住するため、少なからずリアリティショックを受け、移住した後の幸せ実感も低い傾向が確認されたものと推察できます。

――逃避的にIターン型の移住を決行しないほうがよさそうですね……。

井上:あくまでも平均値ですので一概には言えません。無理をせず環境を変えたほうが良い場合もあるかと思います。ただ、移住する地域への過度な期待や性急な意思決定は危ういとは思いますね。

――では、移住を決める前に、どのようなことに気をつければいいのでしょうか?

井上:今回の分析結果からは、地域をよく知り、地域住民とのつながりをつくっておくことだと言えそうです。
移住意思決定要因を分析した結果、Iターン型の特筆すべき直接的な要因に「移住に対して地域住民が支援的である」ことがあがりました(図表7)。この直接的な要因は配偶者地縁型でも確認されたのですが、この2つのタイプの場合、自身が移住地に地縁がないため「地域住民が受け入れてくれるだろうか」といった不安があると推察できます。つまり、この不安の元となり得る移住に伴うリスク要因を洗い出し、事前にできる準備をしておくことが、移住後のwell-beingを高めることにつながると考えられます。

(図表7)

――移住体験を行っている地域もあるので、そうしたサービスを利用するのもいいですね。

井上:そうですね。でも、短期間滞在しただけでは本当のことはなかなか分かるものではありません。焦らずに何度もいろいろなサービスを利用してその地域へ足を運び、ネットワークを確立して情報を収集したり、自分の居場所をつくっておく――、副業や兼業で地域と絡んで人脈をつくるなども一つの手だと個人的には思います。

また、こうした自分の居場所を築いておくことは、Iターン型や配偶者地縁型のみならず、どの移住タイプにおいても、移住後の幸せな生活を獲得する上で有効だと考えます。

――直接的な要因には、ほかどのようなものがありますか?タイプ別に教えてください。

井上:まず、すべてのタイプに「転職」が、Iターン型以外のタイプに「在宅勤務ができる」が直接的な要因としてあがりました。ほか、Uターン型、Jターン型では「ワークスペースの提供、通勤補助などの支援がある」、多拠点移住型では「移住体験など支援や補助がある」「世帯年収」があります。

――各タイプとも、意思決定をする前に、直接的な要因につながる不安を取り除いておくといいですね。

井上:はい。でも、調査で分かった移住意思決定要因はあくまでも統計です。そこにつながる不安だけを取り除いて移住すれば、その後の幸せ実感が高まるというものではないので、注意が必要です。

これからデジタル基盤が整備されてくると、東京と地方の利便性の差は少なくなり、はたらき方や暮らし方の選択肢はさらに広がると考えられます。そうした時代の中で、どう幸せ実感を高め、どうワーク・ライフ・シナジーを実現していくか――、それを考えるヒントとして今回の調査結果を活用していただければと思います。

――最後に、研究員として、井上さんの今後の意気込みをお願いします。

井上:地方移住に関しての研究は、これまでもたくさんの研究者によって数多くの有用な知見が報告されています。今回の試みを説明するならば、多くの定性的な先行研究や予備調査を基に、移住タイプ毎に異なると仮定された移住に際する複雑な意思決定要因を定量的にモデル化できたことです。今後は、投入する変数の見直しなどを行ってモデルの信頼性を高め、個人はもちろん、自治体や企業の方々に資する知見を提供していきたいと思います。


●調査について詳しくは、「就業者の地方移住に関する調査報告書」をご覧ください。

(※2)移住5つのタイプについて
本調査では、5つある移住タイプを次のように定義した。

(※3)今回の地域における幸せ実感への影響についての調査で、影響が強いことが確認された、「住・生活満足」「地域愛着」「職業生活満足」の3つの観点を切り口に分析を行うことにした。

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