キャリア自律を高めるメリットと副作用とは⁉調査から見えた従業員のキャリア自律の育て方

近年、経済環境の変化、技術進展の速さ、就労の長期化、はたらく個人の価値観やはたらき方の多様化に伴って、企業と個人の関係も変わりつつあり、「キャリア自律」の重要性が増してきています。
そこで、株式会社パーソル総合研究所では、企業ではたらく「従業員のキャリア自律に関する調査」を実施し、結果を発表しました。

●調査の目的
キャリア自律とは、自らのキャリアに関心と責任を持ち、主体的にキャリア開発を行うことを意味します。
では、このキャリア自律が従業員本人や組織にもたらすメリットは何か、どのような人材マネジメントや経験がキャリア自律に影響するのか、離職との関係性はあるのか――。それらを明らかにし、経営・人事に資する提言を行うことを目的に調査を実施しました。

今回は、本調査を行ったパーソル総合研究所 研究員の砂川 和泉に、調査・分析結果の中から、特に経営・人事が関心を持ちやすい点に絞って話を聞きました。

――今回のキャリア自律の調査で着目すべきポイントを教えてください。

砂川:以下の3つが、企業が「キャリア自律にまつわる疑問」として関心を持ちやすい点です。今回の調査もこの3つの疑問に応えるべく進めました。

【キャリア自律にまつわる疑問】
1.キャリア自律を高めることは、企業にとってメリットがあるのか?
2.キャリア自律には、どんなことが影響しているのか?
3.キャリア自律すると離職につながるのか?

キャリア自律度を高めるとワーク・エンゲイジメントもアップする!

――1から順番に伺いたいと思います。企業にとって、従業員のキャリア自律を高めるメリットとはなんでしょうか?

砂川:キャリア自律度(キャリア自律の度合いを数値化したもの。※1)が高い従業員は、低い従業員に比べて、仕事のパフォーマンスは約1.20倍、ワーク・エンゲイジメントは約1.27倍、学習意欲は約1.28倍高く、発案や提案行動も活発であることが分かりました。そして、仕事充実感や人生満足度なども高いという結果が出ています。
つまり、キャリア自律の促進は、企業にとっては組織の活性化、従業員にとっては職業人生の充実というメリットのある施策だと言えます。

――企業が従業員のキャリア自律を促進するためには、どのような取り組みを行えばよいのでしょうか?

砂川:キャリア自律に影響する要素はさまざまあり、たとえば、研修だけやればいい、意識啓蒙すればいい、などと一概には言えないことが分かりました。では、その「影響している要素は何か」ということですが、それは大きく分けると4つ。「企業風土」「人事管理」「上司マネジメント」「業務経験・研修」です。

――この4つが、「2.キャリア自律には、どんなことが影響しているのか?」のキーワードですね。それぞれについて詳しく教えてください。

砂川:「企業風土」としては、多様性、専門性、成果を尊重する風土がある場合、従業員のキャリア自律度が高くなっていました。

「人事管理」の面では、「キャリアの透明性」の高さ、すなわち、組織内のどこにどんな仕事があるかが明示されていてキャリアを伸ばす目安があること、キャリア面談や公募制などキャリア意向を従業員が表明する機会があり自ら手が挙げられること、そして、個人の目標と組織の目標が関連付けられており、貢献に応じて評価されることがキャリア自律にプラスの影響を与えています。

また、現場における「上司のマネジメント」においては、上司が日ごろから組織のビジョンを共有し、部下に期待感を伝達し、部下のスキルや経験・志向性をきちんと把握した上で業務を割り当てて適切なフィードバックをおこなう「未来志向型のマネジメント行動」が部下のキャリア自律に影響していました。

さらに、「業務経験・研修」の面では、「視座を高めるような特別プロジェクト」への参加や組織を越える「越境的経験」、「社内公募での異動」や「キャリアカウンセリング・コンサルティング」などの能動的な経験がキャリア自律と関連していました。

――逆にマイナスに影響する要素もあるのでしょうか?

砂川:プラスに影響するポジティブ要素を裏返して考えると、ネガティブ要素が見えてきます。まとめたのが次の図です。

ここからも分かるように、年功序列や企業主導の人材配置など、従来型の人材マネジメントは往々にしてキャリア自律を阻害しかねず、キャリア自律を促進するには、それに合った人材マネジメント全体の環境づくりに取り組むことが重要だと言えます。

キャリア自律度と転職意向は相関しない

――「3.キャリア自律すると離職につながるのか?」について教えてください。

砂川:キャリア自律度が高まったからといって、単純に離職に直結するわけではないことが調査でわかりました。

――とても意外です!では、企業は従業員の離職の心配はせずキャリア自律を促していいと……?

砂川:いえ、そうではありません。転職意向が高まるかどうかは、キャリア自律度だけではなく、本人の年齢や本人が自分の市場価値(転職市場における自身の価値認識の高さ)をどう捉えているかが関係していることが明らかになりました。
市場価値が高いと認識している層と、低いと認識している層に分け、キャリア自律度が高いグループと低いグループの転職意向を年代ごとにみたのが下の図です。

図の左側、市場価値が高いと認識している場合、キャリア自律している人は転職意向が高く、特に若い人に、その傾向が強く表れています。つまり、市場価値が高く優秀な若手人材のキャリア自律を高めるだけでは、離職のリスクも高めてしまうことになりかねないのです。

一方、図の右側、市場価値が低いと認識している場合、キャリア自律している人のほうが、転職意向が低いことが分かります。特にミドルシニア層に、その傾向が強く表れています。 

――まさに企業が恐れていることのように思います。何か打つ手はあるのでしょうか?

砂川:まず、若手がキャリア自律した後も離職しないようにする術――、それは「やりたい仕事をいかに自社内で与えられるか」につきます。

キャリア自律度が高く、市場価値が高いと認識している人たちの転職意向に、どのようなことが影響しているかをみたところ、1位が「昇進の見通し」、2位が「やりたい仕事ができる見込み」という結果でした。つまり、キャリア自律度も市場価値も高い人たちは「仕事を軸」に転職するかどうかを考えていることが分かります。ですから、「やりたい仕事をできる見込み」や「昇進の見通し」といった「仕事という報酬」を用意することが大切です。
とはいえ、昇進の見通しは皆に与えられるものではないので、やりたい仕事ができるといった未来展望を描けるかどうかがとても重要となります。本人のキャリア意思を踏まえた業務アサインや新規プロジェクトの起案機会、社内公募などでやりたい仕事にチャレンジできる仕組みを用意することが流出を防ぐ有効な策になると考えられます。

――ミドルシニアは……?

砂川:ミドルシニアの転身・活性化を期待するのであれば、市場価値が低い方々をいかにして生まないかがポイントになります。
ミドルシニアになると研修やトレーニングなどの学びの機会が減りがちであることや、長年の組織内経験を通して過剰適応している状態にあることも考えられることから、社内での兼務や社外への「留職」など組織外での「越境経験」による学び直しやリスキル支援などを通して、どこででもやっていけるスキルと自信を高めることが必要だと思います。

キャリア自律は人材マネジメント全体で推進を!

――これまでのお話しを勘案すると、企業は、個人に向けて単発の研修や啓蒙活動をするだけではなく、従業員の市場価値を高める取り組みや、キャリア自律を阻害しない環境づくりなど、トータルに人材マネジメントを行うことが必要なのですね。

砂川:まさにその通りです。これまでお話ししてきたことをまとめると、従業員のキャリア自律はビオトープ(動物や植物が安定して生活できる生息空間=生物生息空間)で育つ植物にたとえることができます。次の2枚の図がそれで、たとえば、(上の図)企業風土は「土壌」、組織目標と個人目標の関連性は「根張り」、職務・ポジションの透明性はキャリアを伸ばす目安としての「添え木」、そして(下の図)上司のマネジメントは「日々の水やり」に例えることができます。これらはどれも植物が元気に育つために不可欠で、どれもが従業員のキャリア自律に欠かせません。つまり、従業員のキャリア自律のために企業に求められること、それはトータルの組織環境づくりだと言えると思います。

――最後に、今後の意気込みをお願いします

砂川:自らの“はたらく”を自分で決めることにつながるキャリア自律は、グループビジョンの「はたらいて、笑おう。」の根幹であると私は考えています。パーソル総合研究所のシンクタンク本部では、キャリア自律だけでなく、さまざまな切り口から「はたらいて、笑おう。」の実現に向けた調査・研究を行っていますが、私もその一員として、キャリア形成に向けたさまざまな調査・提言を行い、「はたらいて、笑おう。」の実現に向けて尽力していきたいと思います。


●調査について詳しくは、「従業員のキャリア自律に関する定量調査」をご覧ください。 

(※1)キャリア自律度とは
キャリア自律の度合いを数値化したもの。今回の調査では、3つの「心理」特性、4つの「行動」特性について、5件法の回答を基に得点化(あてはまる=5点、~あてはまらない=1点)し、平均値を算出したものを、「キャリア自律度」と定義しました。
参考:堀内 泰利 , 岡田 昌毅.“キャリア自律を促進する要因の実証的研究” 産業・組織心理学研究 29(2), 73-86, 2016.よりキャリア自律心理尺度およびキャリア自律行動尺度を一部改変して使用

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