キャリアは片道切符ではない。二度目のマネジャーに就いて思うこと―わたしとDEI(16)中山 友希―

パーソルグループは、すべてのはたらく人たちが「はたらいて、笑おう。」を実感できる社会の実現を目指し、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)を推進しています。
本連載では、生まれた場所や育った環境、年齢、性別、経験、価値観などの違いを可能性と捉え、多様なキャリアを歩む社員を紹介します。
第16回目は、パーソルホールディングス株式会社でグループコミュニケーション本部 コミュニケーション部 はたらくWell-being推進室で室長を務める中山 友希です。

「管理職になるかどうか悩んでいる人は、本当に全員チャレンジしたらいいと思います。違うなと思ったらメンバーに戻ってもいいし、エキスパートという別の道を目指してもいい。けっして片道切符ではないので」

中山は一度、マネジャーを離れた経験があります。パーソルグループ外の企業への出向に伴って「エキスパート」に転向し、出向先からパーソルに戻りそのまま3年はたらいた後の2023年、二度目のマネジャーに就きました。マネジャーとエキスパート両方を経験した中山は、どのようなキャリアを歩んできたのでしょうか。

※「エキスパート」とは、特定の領域に関する高い専門性と知識をもって主にプロジェクトマネジメントを行う役割のこと

目次

「風通しのよさ」を求めて入社

学生時代、就職活動をするにあたり、中山が重視したのは、「風通しのよさ」と「早いタイミングで意思決定に関われること」でした。インターン先で古い体質の硬直した組織を目の当たりにして、「チャレンジングな新しい会社に行きたい」と思ったそうです。

「当時、インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)の選考過程で、こういう部署の人に会ってみたいですとリクエストしたら、5人に会わせてくれたんです。いち学生にそこまでしてくれるということは、意見を言ってもちゃんと聞いてくれたり、対話ができたりする社風なのかなと思ったのが入社の決め手でした」

インテリジェンス入社後は、転職サービス「doda(デューダ)」の求人広告営業に配属。200人ほどの組織に約100人の新人が配属され、「カオスでした」と苦笑します。その後にリーマンショックが発生、社会も社内も混乱に見舞われる中、組織再編の一環で経営企画・事業企画を担う部署に配属されました。

インテリジェンス時代、同期たちとの一枚。「同期とは今でも定期的にごはん会を開催しています。キャリアの悩みを相談したりと、頼もしい仲間たちです」

「大学のゼミの先生に、『物をつくる人か、物事を決める人になりなさい』と言われました。それが人生や仕事においての醍醐味だという文脈で、私はすごく共感して。だから早いタイミングでそれができるポジションにつきたいと思っていたので、入社当時からずっと事業企画に行きたいと伝えていたんです」

夢に見るほど悩んだコミュニケーション

経営企画・事業企画の仕事は、会社としての予算、方針、戦略を決めること。複数の事業の責任者たちと目指す方向性を定め、具体的な数字目標を立てて、それを本部や個人に落とし込むというプランニング全般に併走します。さらに、四半期ごとに進捗を把握するため、PDCAが回るように支援をしたり、新事業を始めるとき、事業を畳むときもサポートに回ります。

中山が20代後半のとき、ある会社の法人格を変えるという仕事でプロジェクトマネジャーを任されて、驚いたといいます。

「まだ入社してから4、5年目で、法務の知識も財務の知識もない若者に大きな仕事を預けてくれる環境でした。『この役割だから、ここまでしかしない』ではなくて、『このプロジェクトにおいて必要なことで、そこをやる人がいないなら自分がやる』という姿勢は、この部署で叩き込まれたと思います」

2015年、半年のアシスタントマネジャー期間を経て、30歳のとき、組織が変わるタイミングでマネジャーに昇格。以前から上長に「管理職になってもらうからね」と伝えられていて、心の準備ができていたこともあり、「すごく自然な流れ」で受け止めました。

しかし、マネジメントの難しさは想像以上でした。最初の部下は2名。その後、流動的に最大8名の部下を抱える中で、最も苦悩したのは「伝え方」です。たとえば、何か部下に頼みごとをするときに、上から目線でもなく、下手に出るのでもなく、「ちょうどいい感じ」で依頼するのが苦手だと実感しました。

「あるとき、メンバーに頼んでいた仕事のリマインドがしたくて、でもまたうまく伝えられなかったらどうしようと思って、なかなか言い出せなかったんです。その日の夜にメンバーからメールで報告があって、すごくホッとして、次の日、『ありがとう!』って声をかけたら、え?という顔をされて。そのメール、なんと夢だったんですよ(笑)」

夢に見るほど悩んでいた部下とのコミュニケーションを改善するために、社内のスキルアップ研修が役に立ったといいます。同じタイミングでマネジャーになった人たちを対象にした「育成会議」で、担当しているメンバーの育成計画を共有し、悩み相談もできました。それは「互助会」のような雰囲気で、「当時学んだことは今でも役に立っています」。

もう一つ課題だったのは、「気負い」。チームのアウトプットに責任を持たなければいけないと肩に力を入れ過ぎて、視野が狭くなっていたそう。それを現場で感じていたメンバーたちから「このタイミングでフィードバックしてほしいです」「最近、褒めが足りてないと思います」などと声をかけてもらううちに、「全部自分でできなくてもいいんだ」と思えるようになったと振り返ります。

エキスパートからマネジャーに復帰

2018年、パーソルキャリアのミッションを定めるプロジェクトに携わることになり、パートナー企業であるアンカースターへ出向し、1年間、このプロジェクトに携わりました。それまでずっと同じ部署で仕事をしてきたこともあり、違う景色を見たいという想いもあったそうです。社内でチームとして動くのではなく、社内外のステークホルダーとプロジェクトチームとして動いていくことに役割が変わるタイミングでエキスパートに移りました。

パーソルキャリアのミッション策定プロジェクト開始時には、役員陣を集めて屋形船でのキックオフを実施
出向先のアンカースター社は「それぞれまったく違う仕事を持ちながら、誰かがコーヒーを入れると自然と集まって近況報告や相談が始まる環境でした」

この出向で印象深かったのは、「外部の人たちとの思わぬ化学反応」を何度も目にしたこと。これが契機となり、2019年にプロジェクトを終えてパーソルキャリアに戻った後はビジョンやミッションを実現するために産官学とのパートナーシップを推進する仕事に就きました。するとその年、「グループビジョン『はたらいて、笑おう。』をどう実現するのかを考えるプロジェクトがある」という話を聞き、「主語をパーソルキャリアからパーソルホールディングスに変えてみるのもいいな」と異動を希望。2020年、パーソルホールディングスに移り、現在の“はたらくWell-being”を推進するという今のプロジェクトに参画します。

この部署の仕事は主に3つ。一つは「はたらいて、笑おう。」というビジョンの現状把握と達成度の計測です。そのために、世界的な世論調査会社Gallup社と組んで3つの質問をつくり、グローバル調査を行っています。もう一つは、有識者や国際機関と組んでこの意義を広く伝え社会のアジェンダにしていく活動。最後の一つは、ビジョンやこれらの取り組みを広く浸透させるために一般向けのイベントやPRをすることです。

着任時の役職はエキスパートでしたが、上長から「次のフェーズにいくにあたって、チームとしてやっていくのはどう?」というオファーを受け、2023年、再びマネジャーに。肩書きも「室長」に変わりました。

「私は役職や肩書きにはこだわりがないんです。最初の土壌づくりは、エキスパートとして一人でやるのがいいなと思っていました。でも、ビジョンを達成するという目的のために、かかわる人を増やして組織としてやっていくタイミングがきたので、一つの役割としてマネジャーになろうと思いました」

2度目のマネジャーで感じる面白さ

中山は、パーソルキャリアで3年間、マネジャーを務めていた経験があります。しかし、簡単に応用が利くというわけではありません。はたらく環境やメンバーが変われば、また違うアプローチが求められます。

最初に戸惑ったのは、リモートワークでのマネジメント。パーソルキャリア時代は出社して対面でのやり取りが当たり前だったこともあり、ひざを突き合わせて一緒に時間を過ごす中で信頼関係を築きました。リモートワークがメインの今は業務連絡以外のやり取りが劇的に減ったため、コミュニケーションの取り方も変化しています。

新人もいたパーソルキャリア時代と違い、推進室に所属する3人のメンバーは実務経験豊富な「職人肌」なので、かける言葉も変わりました。「自分がやり切れているとは言えないんですけど」と前置きしながら、こう続けます。

「特に意識しているのは、まず、私たちがやっていることに意味があると私自身が信じること。私が信じていないと『これ意味あるの?』となると思うので、それをベースに、自分たちの仕事がどういう形で目指す未来につながっているのか、どういう価値があるのか、意味づけして伝えることが大切だと考えています。その上で、メンバーにはそれぞれ専門があるので、やりたいことの共有と、何ができそうかを話していけるといいなと思っています」

マネジャーに戻って丸2年、「伝え方」に関しては、「やっぱり私、苦手だな」と感じることもあるそう。しかし、これまでの経験から、自分の弱みと向き合い続けながらも、「得意な人に頼ろう」と意識が変化しました。

「新人のころ、成長が早くなるから自責思考であれと言われたんですよ。でも今は、半分正しいけど半分間違っているなと思っていて。プレイヤーって自分のアウトプットがそのまま自分の価値になりますよね。マネジャーになると、チームとしてのアウトプットが大切で、全体として価値を出せればいいので、みんなの得意のピースがうまくはまるようなチームづくりをすることを目指しています」

肩の力が抜けたのは、マネジャーに復帰してから受けた研修の成果でもあります。仕事に関する「自分の癖」を知るという内容で、中山はメンバーから頼まれたことには全部応えたい、自分の仕事も抜かりなくやりたいという「すべて抱え込んで100点」を求める癖を自覚したそう。しかし、研修を受けることで、現実的には「ときに80点でも良しとする」ほうがチームとしてうまく機能すると納得することができたそうです。中山は今、「マネジャーになって良かった」と笑顔で語ります。

「プレイヤーは個人の成果が自分の価値になるから、苦手なところを潰さなきゃいけない。もちろんそれは大切なことですが、マネジャーになったら私が苦手なところを得意な人が補ってくれるんです。むしろ、そうすることでチームの状況がより良くなることに面白さを感じています。今後はグループ内でももっと得意を持ち寄れる関係性を広げていって、“はたらくWell-being”創造カンパニーの実現に向けて、連携を深めていきたいですね」

はたらくWell-being推進室のメンバー、協力会社の方々とともに(中山は左から2番目)

<プロフィール>
中山 友希(なかやま ゆき)
パーソルホールディングス グループコミュニケーション本部 コミュニケーション部 はたらくWell-being推進室 室長
インテリジェンス(現パーソルキャリア)入社後、営業を経て経営企画・事業企画を担当。2018年にパーソルキャリアのミッション策定プロジェクト担当としてパートナー企業へ出向。帰任後は対外的なミッション浸透のため、産官学とのパートナーシップを推進。2020年からはパーソルのグループビジョン「はたらいて、笑おう。」実現に向け、はたらく領域におけるWell-beingのグローバル指標策定・浸透に取り組む。

パーソルグループは、「“はたらくWell-being”創造カンパニー」として、2030年には「人の可能性を広げることで、100万人のより良い“はたらく機会”を創出する」ことを目指しています。
さまざまな事業・サービスを通じて、はたらく人々の多様なニーズに応え、可能性を広げることで、世界中の誰もが「はたらいて、笑おう。」を実感できる社会を創造します。

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