“雇用のダイバーシティ”どう実現?スタートアップ企業と語る「リアル」と「これから」

ダイバーシティという言葉が一般化し、はたらき方の多様化が進んでいる昨今。しかしその反面、雇用や職場にダイバーシティを取り入れることの難しさに直面している企業も少なくないでしょう。

そこで、2021年12月17日、パーソルテンプスタッフ株式会社は、コンパッソ社会保険労務士法人との共催(後援:渋谷区)で、オフライン&オンラインでの同時配信イベント「渋谷発!雇用のダイバーシティセミナー」を開催。「高齢者雇用」、「障害者雇用」、「女性の活躍支援」に取り組むスタートアップ企業とともに、言葉だけではないダイバーシティの「リアル」と「これから」について考えました。
イベントでの講演内容を一部抜粋してご紹介します。

〈第一部〉スタートアップ3社が語る「雇用のダイバーシティ」の現状

目次

得意分野を生かした適材適所で障害者雇用を促進

まず登壇したのは、eスポーツを通してバリアフリーな社会の実現を目指す、株式会社ePARAの加藤 大貴社長と、スタッフでeスポーツプレイヤーの北村 直也氏です。

「ePARAは、年齢や性別、障害の有無を問わずに交流できるeスポーツを楽しみながら、障害者の雇用をサポートする会社です。具体的には、障害者の方に自社で運営するeスポーツメディアの制作に参加していただき、それぞれの得意分野を絞り込みます。動画の編集が得意な方、イラストが描ける方、文章が書ける方、それぞれの領域でまずは活動実績をつくり、ポートフォリオが仕上がったところでほかの企業に紹介する、という事業モデルです」(加藤氏)

そして同席した北村氏は、先天性全盲の障害がある、同社所属のeスポーツプレイヤーです。

主に格闘ゲームのプレイヤーとして活動しながら、障害者の就労支援の業務に携わり、また、昨年品川にオープンした、バリアフリーeスポーツカフェ『Any%CAFE(エニーパーセントカフェ)』の店長という3つの肩書を持つ北村氏。スタッフとして同社に参加することになったのは、北村氏の高い筆記能力が着目されてのことだったそう。

「ePARAにはほかにもさまざまな障害があるスタッフがいるため、互いに助け合いながら仕事を進める土壌があります。たとえば、目の不自由な私が格闘ゲームのコマンド(ボタンを押す手順)を覚える際にボタンを読み上げてもらったり、筋ジストロフィーを患う同僚には、メールの漢字に誤変換がないか確認してもらったり……。各々ができる領域で日常的に支え合っているんです」(北村氏)

文字入力にあたっては、点字キーボードをフル活用。加藤氏自身、実際に業務をともにするまでは、全盲の北村氏にどこまでの業務がこなせるのか、不安もあったと打ち明けます。

「当初は心配していたのですが、いざ業務をお任せしてみると、私が苦手な事務仕事をどんどんこなしてくれるので、本当に助かっています。障害のある人材であっても、それぞれがこなせる業務を見極めて分担すれば、効率よく業務を進められるんです。これは私にとっても大きな発見でした」(加藤氏)

デリケートな妊活の問題を多角的にサポート

続いて登壇したのは、株式会社ファミワンの代表取締役社長 石川 勇介氏。ファミワンは女性の妊活や不妊治療サポートする“妊活コンシェルジュサービス”を運用している会社です。

「妊活は大まかに、妊娠しやすい時期を計算して見極める『タイミング法』、精子を人工的に体内に入れる『人工授精』、そして体の外で医療機関にて培養した受精卵を女性の体内に戻す『体外受精』の3つのステップで行なわれます。現在、5.5組に1人が妊活の治療を受けているというデータもあり、費用面も含めて大きな社会課題となっています」(石川氏)

また、石川氏によれば、仕事と妊活を両立できず、退職を余儀なくされる女性が16%、退職に至らずとも雇用形態を変更せざるを得なかったり、不妊治療を中断しなければならない女性は、35%にのぼると言います。これは当人にとっても企業にとっても無視できない損失です。

しかし、妊活はパーソナルな問題であるため、当事者からすると他人になかなか相談しにくい事情があります。そこでファミワンでは、アプリを通して思考の整理、精神面の改善をサポートするほか、当事者が相談しやすい環境をつくるための活動に取り組んでいます。

「仕事と不妊治療の両立は、厚労省や経産省も後押しする重要なテーマです。しかし、会社や上司に一定の知識と理解がなければ企業としての妊活支援は進められません。そこで弊社では、福利厚生として従業員向けのサービス無料提供だけでなく、管理職者向けの研修を実施するなど、さまざまな形で支援を行なっています。おそらく数年後には、男性の育休義務化と同様に、企業の妊活支援が当たり前になっているのではないでしょうか」(石川氏)

そのためにも、まずは制度設計より先に、社会や企業の風土を根本から変えていく必要があると石川氏は語りました。

高齢者の労働力が不可欠な時代に備えて

3番目の登壇者は、渋谷区のITベンチャー、株式会社ベスプラの代表取締役社長 遠山 陽介氏です。ベスプラでは人生100年時代に向け、健康と雇用のサービスを展開しています。

「ここ10~20年で、はたらく人を取り巻く環境は大きく変わりました。その一つが超高齢化社会で、2021年の時点ですでに、日本の高齢者率は29.1%で世界でも断トツのトップとなっています。高齢化が進めば生産年齢人口が下がるのは必然で、ある試算によれば、2030年を迎えるころにはすべての産業で労働力不足に陥るとも言われています。
つまり、そうした未来に順応する人材計画が不可欠で、解決策の一つとして高齢者の力を借りざるを得ないのが実情です。政府が昨年、70歳までの雇用確保を努力目標に設定したことも、その一環ですね」(遠山氏)

なお遠山氏によれば、高齢者層ははたらくことで健康を取り戻す傾向があるそうで、ベスプラの高齢者雇用促進は、社会のエコシステムにも通じています。

「高齢者の方は総じてはたらく意欲が高いことも、弊社独自のアンケート調査から判明しています。その意味では、案件とのマッチング次第で、高齢者活用は進められるでしょう。ただし一方で、雇用する側からすれば健康面の不安は付き物で、健康サービスの導入が障壁になっているのも事実です。そこでベスプラでは、健康・消費・雇用の3つの観点からICTサービスを運用しています」(遠山氏)

具体的には、高齢者の認知症や生活習慣病を予防するための「脳にいいアプリ」、食品ロスを防ぎ、地域の消費を活性化させる時限的価値マッチングアプリ「The TIMESALE」、そして人材不足の企業に雇用マッチングを行なう「The TIMEWORK」の3つのサービス。

とくに「脳にいいアプリ」は、高齢者の方でも操作しやすいシンプルなUI(ユーザーインターフェイス)が採用され、運動量管理や脳トレの実施、食事内容のチェックなど、高齢者の健康管理に多角的にアプローチする仕様で注目されています。

「同じアンケート調査では、はたらく意欲を持つ高齢者のうち、最も多数を占めているのは、月額の報酬10万円未満のスポット的なはたらき方を望んでいる層であることが分かりました。そこでアプリを通して健康を守り、仕事を求める人材を企業とマッチングし、さらに技能や評価によって報酬がアップするような仕組みを実現しているんです」(遠山氏)

〈第二部〉雇用のダイバーシティに必要なこと

制度を上手に運用するために必要なこと

続く第二部では、コンパッソ社会保険労務士法人の田中 穣氏、そしてパーソルテンプスタッフ株式会社の古澤 一樹を新たに加え、さらにさまざまな視点で雇用のダイバーシティについて議論しました。

まずテーマに挙がったのは、雇用のダイバーシティを実現するための制度設計について。制度はただ設けるだけでは浸透せず、それをいかにうまく運用していくかが鍵となります。制度を上手に運用する秘訣について、社会保険労務士の田中氏は次のように語りました。

「一つの切り口として分かりやすいのは助成金でしょう。たとえば今回テーマになっている高齢者、障害者、女性という3つの領域をすべてインクルーズしているのが、特定求職者雇用開発助成金です(※女性はシングルマザーが対象)。これは、雇用実績に対して助成金が支払われるというものです。ハローワークを通して簡単に手続きが行なえるので、企業はまず、この助成金を入門編として活用するのがいいのではないでしょうか」(田中氏)

また、妊活については2021年4月から不妊治療の保険適用が決定。これも女性活用を進める上で見逃せないポイントです。

「従来のように企業側が手続きをして受け取る助成金と異なり、当事者が保険証を持って治療を受ければ、自動的に割り引かれる仕組みです。先ほどの第一部でも妊活を行なう女性の離職率の高さが指摘されましたが、保険が適用されれば、その職場ではたらきたいと思う人も増えるはずです」(田中氏)

つまり、妊活ははたらきながら無理なく取り組めるものになろうとしているのです。

ただし、こうして多様化していくはたらき方を、実際の現場がどのように受け止めているかという問題も残ります。

「コロナ禍で在宅ワークという選択肢が生まれた当初、現場では派遣社員の方を在宅ではたらかせていいのかどうかという議論が起こりました。また、セキュリティの問題などから、パソコンの貸し出しに難色を示す現場も少なくありません。しかし我々としては派遣社員の方にもぜひ在宅ワークを浸透させたい思いがありますので、昨年からパソコンやWi-Fiをレンタルするサービスを開始しました」(古澤)

障害・妊活・高齢化を、自分事にすることの大切さ

また、障害・妊活・高齢化というそれぞれの問題を、誰もが当事者意識を持って受け止める土壌づくりも大切です。第一部にご登場いただいた各プレイヤーの皆さんの意見を伺っていきました。

「重要なのは、いつか自分自身もなにかの課題の当事者になるかもしれないという視点を、一人ひとりが持つことではないでしょうか。自分自身で妊活することはないよという方でも、月経や子育て、または年齢によっては更年期などで悩むことだってあるかもしれません。更年期障害は男性にも起こり得るもので、当事者になってみてはじめて、他人に相談しにくい悩みを持つ苦しみを知ることになります。こうした事態をあらかじめ想像し、すべての問題を自分事として考えられる風土をつくっていかなければならないと思います」(ファミワン・石川氏)

これに同意するのがePARAの加藤氏です。

「その意味では、日ごろから当事者の方々と接する機会を持つことがとても重要だと考えています。当事者の方を知る機会が増えることで、企業の担当者の視野は、自ずと広がっていくはずです」(ePARA・加藤氏)

他方、ICTサービスから高齢者雇用のマッチングを推進するベスプラの遠山氏は、これまでの経験を踏まえて、まず導入事例をつくることの重要性を指摘します。

「いくらICTによって便利になると訴えたところで、すぐに雇用の増加に直結するわけではありません。まずは使ってもらうことが大切で、そのために我々は『ひとまず実証実験からはじめてみませんか?』とご提案させていただくことも多いです。小規模にでも事例ができれば、社内での理解を促しやすく、その上でサービスの細かな機能を知っていただくのがベターかもしれません」(ベスプラ・遠山氏)

当事者でなければなかなか身近な問題として考えにくい障害・妊活・高齢化の問題。誰もが自分事として考え、そして受け入れられる風土をつくるために、各氏の努力は続きます。

また、そうした風土を求めているのは、それぞれの現場ではたらくスタッフの皆さんも同様。実際、この日のセミナーでは参加者から「相談しにくい悩みを相談しやすくする環境は、どのようにつくっていけばいいのか?」という質問が投げかけられました。ファミワン・石川氏は次のように答えます。

「たとえばこういったセミナーに参加したことを、周囲に積極的に伝えていくことも必要だと思います。『今日、こんな話を聞いてきたよ』とか、『こんなことを学んできたのでシェアします』と公言することで、身近な当事者の方から声をかけられることもあるでしょう。少なくとも、こういうセミナーに参加して学ぶ意識があることが伝われるだけでも、個々の悩みを抱える方からすると、安心して相談できる相手であると思っていただけるはずですから」(ファミワン・石川氏)


一人ひとりが当事者の視点を忘れず、正しい情報共有と啓発を心がけることが、未来の雇用のダイバーシティを生むことにつながっていきます。本イベントに参加者からは、次のような声が聞かれました。

「雇用のダイバーシティについて、特性をきちんと理解せず特別扱いをしてしまうことがうまく進まない原因になっていると思うので、障害者や女性、高齢者の実態や、事例が聞けて良かったです」

「障害者や育休者など受け入れることで一方的に周囲の一般社員の負担が増えると、相手に対して思いやりが欠けたりすると思います。
お互いの不公平感、不平不満がない本当の意味での多様性を実現するには、一般社員のはたらき方の多様性の促進も同時に必要なのではと思いました」

このページをシェアする
目次
閉じる