“転職に積極的”は思い込みだった。調査から見えたITエンジニアの就業意識とは?

近年、多くの企業がビジネスにおけるIT活用を推進する中、ITエンジニアの人材不足や採用難が叫ばれています。
そこで、株式会社パーソル総合研究所では、ITエンジニアの就業意識に関する調査を実施。定量的なデータ結果を発表しました。

調査の背景と目的

近年、多くの企業がビジネスにおけるIT活用を推進し、これまで外注していたエンジニア領域の業務を内製化しようとする動きも増えつつあります。そうした中、「ITエンジニアをなかなか採用できない」「採用しても辞めてしまう」など、採用・定着に課題を抱える企業や人事が多いようです。そこで、そうした課題解決のヒントを得るべく、年収や仕事観、キャリア構築の実態などさまざまな角度からITエンジニア(*1)とその他の職種(*2)を比較し、エンジニアの特徴を浮かび上がらせる定量調査を行いました。
(*1)ITエンジニア職種(IT技術職。内製のエンジニア、受託、常駐あり・なし)1,600名
(*2)バックオフィス職種(財務・会計・経理・法務・事務・アシスタント)300名、マーケティング・企画職種(企画・マーケティング)300名、フロント職種(営業職)300名

今回は、本調査を行ったパーソル総合研究所 研究員の岩本 慧悟に、調査内容や調査から見えてきたITエンジニアの特徴や採用・定着に重要な観点などについて話を聞きました。

――ITエンジニアの採用・定着において重要なポイントを教えてください。

岩本:重要となる観点は、「賃金」「組織シニシズム」の2つです。

年収の希望と現実のギャップが大きいITエンジニア。給与の不満による転職に注意

――「賃金」から順番に伺いたいと思います。

岩本:ITエンジニアの採用・定着において重要視したいのは、希望年収と現在の年収の差です。ITエンジニアの希望年収と現在の年収の差は150.1万円、その他の職種における差は141.4万円。ITエンジニアの方が8.7万円ほどギャップが大きく、賃金に関してより不満を抱えている可能性があります。

――理想と現実の差ですね……。なぜこのようなギャップが生まれてしまうのでしょうか。

岩本:ITエンジニアの領域はまだまだ歴史が浅く、賃金制度が整備されていない企業が多いのではないかと考えられます。中には、営業職などほかの職種の給与テーブルで無理やり運用をしているケースも多いようです。また、ITエンジニアの中でもセキュリティエンジニア、ネットワークエンジニアなどさまざまな職種があるのですが、その職種や役割、使用するプログラミング言語によってもギャップの大きさにバラつきがあります。つまり、難易度や希少性などをきちんと考慮した賃金となっていないことが推察されます。今後は、マーケットデータに基づいた給与テーブルで運用していくことが重要になると思います。

――このギャップが転職意向を生んでいるということですか?

岩本:その通りです。ITエンジニアは、ギャップが大きくなると“転職意向”が上がる傾向であることが調査で分かりました。この背景には、市場におけるITエンジニアの人材不足が考えられますが、これは大きな特徴だと思います。というのも、分析を進めてみると、その他の職種では、“転職意向”が上がるのではなく、“管理職意向”が低下するんですよ。

――高待遇を目指して転職を繰り返す、そうした就労観を持っている方がITエンジニアには多いのでしょうか?

岩本:よく「ITエンジニアはすぐに辞めてしまうらしい」、「ジョブホッパー的思考らしい」という話を耳にしますが、それは思い込みです。
「今、転職をしたいか」という質問に「そう思う」と回答した人の割合はその他の職種よりも低いですし、転職に関する意識調査でも「ずっと同じ会社に勤めたい」と答えた人の割合は、その他の職種より多いという結果になりました。

マイナス感情をゼロに。シニシズムを抑える施策が定着を促す

――給与以外に、ITエンジニアの採用・定着で大切となるのは?

岩本:冒頭でお話ししたもう一つの重要な観点、「組織シニシズム」を低く抑えることです。
「組織シニシズム」とは、組織に対する“冷ややかで批判的な気持ち”のこと。たとえば、「この会社って公平性がないよね」「みんな冷たいよね」といったもので、主に下の表の左側で示した4つの面から構成されていると言われています。
そして、今回の調査で、ITエンジニアにおいてはそれ他の職種に比べて、このシニシズムが転職意向に非常に強く影響していることが分かりました。

――ITエンジニアの「組織シニシズム」を高めてしまう原因には何があるんでしょうか?

岩本:さまざまありますが、一つには、上層部の期待感を感じられないといった疎外感やロールモデルの不在、他部署に意見が尊重されないといった他部署への弱さなど、「社内における立場の弱さ」があります。また、プロジェクトの一部にしか携われなかったり、下請けの立場になる仕事が多いといった歯車感、顧客から無理難題を押し付けられるといった顧客との不対等さなど、「顧客に対する立場の弱さ」が挙げられます。

――マネジメントも関係していそうですね。

岩本:はい。たとえば、ミスが発生しても上司からフォローがないといった「頼りなさ」や、仕事ぶりに見合った評価を受けていないといった「不合理さ」なども、組織シニシズムを高める原因となっていました。

また、社内育成体制の充実度や教育投資も組織シニシズムに影響します。
今回の調査でも、ITエンジニアが感じるキャリア不安の1位は自分の技術やスキルの陳腐化で46.5%、3位は新しい技術やスキルの習得で43.6%。ITエンジニアはその他の職種と比べて、技術やスキルに関する不安感が高いことが明らかになりました。そうしたことから、研修や勉強会といった成長できる環境をつくったり、外部セミナーなどの費用を企業が負担するなど、教育投資をすることも組織シニシズムを低くすることにつながると考えます。

シニシズムが低い組織、高い組織の特徴をまとめたのが、下の表になります。

――これまでのお話しを勘案すると、ITエンジニアの特徴を踏まえて組織開発を進めていくことが必要そうですね。

岩本:そうですね。組織開発を進めるうえで、経営層に対する教育や理解なども促進していく必要があると思います。

また、近年注目されている施策は、エンゲージメントやコミットメントを高めるといった会社や仕事へのプラスの感情を増やす方向のものが多いですが、ITエンジニアの場合は、まず組織に対する不満や批判的な考えを抑えることが必要――、つまりマイナスを埋めてゼロに戻し、しっかりとした土台をつくることが優先されるべきだということが分かりました。

――企業のIT化はますます進んでいくと思われますが、今後の調査への意気込みを。

岩本:今回の調査で、ITエンジニアと一言でいってもさまざまな職種や役割があること、業務で用いるプログラミング言語も多様であることが分かり、とても勉強になりました。今後は、個に視点を振り、たとえば職種ごとに“いつ”“どんな”壁が訪れるのか、どのようなキャリアパスが描けるのか、言語別に志向性の違いがあるのかを明らかにするなどして、ITエンジニアの育成に役立つ調査・分析を進めていきたいと思っています。


●調査について詳しくは「ITエンジニアの人的資源管理に関する定量調査」をご覧ください。
●本調査は機関誌「HITO」第17号に掲載されています。

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