リモートワークの普及など、はたらく環境が劇的に変化する中で、「自然の中で過ごしたい」「地方ではたらきたい」という人が増えています。今年6月の内閣府の調査(※)では、東京23区に住む20代の約35%が「地方移住への希望が高まった」と回答。一般的に理想とされてきた「職住近接」というあり方が、大きく変わりつつあります。
これまで、都市に住む人が地方ではたらくには「移住」「転職」という、高いハードルがありました。しかし、もっと柔軟に地方と関わることができる、新たな選択肢がいま生まれつつあります。今回の連載では、「多拠点生活」「デュアルライフ」「地方複業」「オンラインコミュニティ」という4つのスタイルを紹介します。 |
今回ご紹介するのは「地方複業」。都市と地方の両拠点に仕事を持つスタイルです。
パーソルキャリア株式会社の横山 暁一は、名古屋で法人営業を行いながら、2019年より「地域おこし協力隊」として長野県塩尻市で複業を開始。都市と地方での仕事の進め方の違いなど、「地方複業」の経験談をお聞きしました。
◆「地域おこし協力隊」とは 都市部から地方に移住し、地方公共団体から委嘱を受けて、地域ブランドや地場産品の開発・PRなどの地域おこしや農林水産業、住民の生活支援などを行います。現在、全国で約5,000人が活躍中。塩尻市では、2020年現在、7人の隊員が活動しています。 |
会社での仕事と、地方での仕事を
「どちらもやりたい!」からはじまった
――なぜ、長野県塩尻市で複業をしようと思ったのですか?
横山:妻の実家が長野県にあり、以前から「いつかは長野県で暮らしたい」という話を聞いていました。私自身は長野県に一切地縁がなかったのですが、学生時代からソーシャルセクターの活動などに参加しており、職場と家以外のサードプレイスとして地域活性化に関わる仕事ができたらいいなという想いがあり、塩尻市での複業を検討しはじめました。
――ご自身でいろいろ調べはじめられたのですね。
横山:はい。探してみると、塩尻市で地域課題をビジネスの視点で解決するシビック・イノベーション拠点「スナバ」がオープニングスタッフを募集していたので、「これだ!」と思いすぐに応募しました。最終的にはそこでは複業していないのですが、その後、面接で知り合った方が「『地域おこし協力隊』でこういうポジションをつくったんだけど、どう?」と声をかけてくださったんです。これまでのスキルを活かせそうな中小企業の経営支援のようなポジションで、「チャレンジしたい!」と心底思いました。でも、パーソルキャリアでの仕事も面白く、どちらも諦めることができなくて。
――それで、複業という手段を選ばれたんですね。
横山:両方の仕事をしたいという一心で、まずは会社の制度を調べることろからはじめました。パーソルグループにはライフステージやキャリアプランに合わせてはたらき方を選ぶことができる「FLASH(フラッシュ)」という人事制度があり、はたらく日数、時間、場所、休暇を自由に選択することができます。それと複業制度 を組み合わせれば両立できるのではないかと思い、自分の希望のはたらき方のプランを作成して上司にプレゼンしたり、人事に相談したりしました。複業のために時短勤務をするという前例はなかったのですが、無事会社の申請が下り、「地域おこし協力隊」に着任しました。
――着任のタイミングで、家族で塩尻市に移住したのですか?
横山:いえ、最初は塩尻市に借りた一人暮らし用の家と、妻が住む名古屋の家を行ったり来たりしていました。その後、子どもが生まれるタイミングで家族を塩尻市に呼び寄せ、本格的に移住したのは着任の半年後。パーソルキャリアの名古屋オフィスまでは電車で一本なので、通勤はそんなに苦ではありません。今年に入ってテレワークが普及し、在宅勤務する機会も増えたので、より多くの時間を家族と過ごすことができています。
――現在のはたらき方は?
横山:時間でいうと、パーソルキャリアは週30時間、「地域おこし協力隊」は週15時間前後といった割合です。平日5日の割り振りでいうと、2日はパーソルキャリアの仕事のみ、1日は「地域おこし協力隊」の仕事のみ、2日は両方といった感じです。
都市と地方の
“いいとこ取り”ができるはたらき方
――地方で過ごして良かったことは?
横山:私が住んでいるのは、駅から少し離れた自然豊かな場所です。地域で子育てをするというような昔ながらのコミュニティが残っていて、周囲の方々が子どもたちの成長を温かく見守ってくれたり、野菜をおすそ分けしてくれたり(笑)。そして、食べ物はどれも新鮮。生産者が近くて安心だし、食の観点では生活レベルが高くなりました。
――地方で仕事をする魅力は何だと思われますか?
横山:アウトプットのしやすさ、ですね。地方は都市と違い、いろいろな面でシステムが整いきっていません。都市同様課題はゴロゴロしているものの、プレーヤーは少ない。だからこそ、地域の現状に対してゼロから自分で考えて事業を生み出す機会やチャンスがたくさんあります。事業のスケールは小さいかもしれないけれど、だからこそ、スモールなところから挑戦しやすい。一方で、インプットには、情報、人脈などが多い都市のほうが向いている場合もあると思います。「地方複業」をすると、都市と地方の“いいとこ取り”が可能となり、インプットとアウトプットの両方ができるのが最大の魅力ですね。
――具体的にはどんなことをされているんですか?
横山:コロナ禍で、困っている事業者の従業員と農家をお繋ぎしました。事業としてはじめたわけではないのですが、観光業界ではたらく知人の勤務先が休業になってしまい困っていて……。一方で、農家の方は、定植や収穫に向けて来るはずだった外国人実習生が、新型コロナウイルスの影響で来日できなくなり労働力不足に悩んでいました。そこで「お互いを繋げばいいんじゃない?」と思い、動いたのです。いろいろなルールや制限の問題を乗り越えて実現でき、のちに新聞に掲載されたことで話題を呼んで、いまも20件ほどの農家をマッチングしています。この取り組みは先日、日本商工会議所からも先駆的な取り組みとして表彰を受けることになりました。
――地方では「まずはやってみる」ということが大事なのですね。
横山:地方では、地縁によるコミュニティ活動が活発で、困っている人がいればすぐに分かるし、情報も入ってきます。どうしようと考えるよりまず動いて、いろいろな人と話をするうちに事例が生まれることは都市より多いと思いますね。
塩尻でのイベントの様子(写真左端が横山)
キャリアの棚卸しのきっかけにも。
成長できるから、人生がより豊かになる
――誰でも「地方複業」をできると思いますか?
横山:地方には古いコミュニティがあり、人間関係もいろいろあります。そういった関係を楽しめないと、「地方複業」は辛いかもしれません。でも、それも自分を見つめなおす良いきっかけになるはずです。乗り越えることができたら、生活や人生をより豊かにしてくれるような素敵な出会いがあるように思いますね。自分自身、いままで過ごしてきた環境や人間関係の枠を越境することで、自らを深く内省する機会に繫がりました。それがキャリアの棚卸しに繫がり、キャリアオーナーシップを高めていくという観点でも、とても良いきっかけになったと感じています。
――今後、複業を通して目指すことがあれば教えてください。
横山:塩尻市はいま、「確かな暮らし 未来につなぐ田園都市」を目指し、10個のプロジェクトを進行していて、その中に「地域課題を自ら解決する人と場の基盤づくり」というテーマがあります。私はそれが、パーソルキャリアのミッションである“-人々に「はたらく」を自分のものにする力を-”に通ずるものがあると思っています。はたらくという文脈でもっと一緒にできることを増やし、パーソルグループのグループビジョンである「はたらいて、笑おう。」に繋げることができればと思っています。
パーソルキャリア株式会社 横山 暁一 2014年株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。2019年4月からは複業で、長野県塩尻市の「地域おこし協力隊」として塩尻商工会議所に所属。地方中小企業の課題解決や人材活用支援に携わり、現在は「塩尻の人事部」を創るべく、NPO法人MEGURUの設立を準備中。 |
次回はオンラインコミュニティ編をお届けします。