「とみおか繭工房」を支える親子の奮闘 ―農業に挑戦する人の課題を解決できる、頼りにされる工房を目指して

障害者雇用を促進するパーソルサンクス株式会社が運営する工房の一つ「とみおか繭工房」では、障害者による養蚕や野菜の生産といった事業を行っています。

取り組みの概要

「とみおか繭工房」は、高齢化が進み縮小を余儀なくされている群馬県の伝統ある養蚕業の活性化と、障害者の新たな就労の場の創出を目指して2017年に開設し、桑園管理から蚕の飼育、和紙作りなどを展開する事業を行っています。また、2018年からは農福連携を開始。養蚕閑散期には近隣農家の人手不足を補うために農作業の手伝いに出向き、2019年からは自社の畑でナスなどの生産をスタート。現在(※1)48名のメンバー(障害がある社員)と16名のスタッフ(障害のある方をサポートする社員)がはたらいています。
(※1)2021年10月1日時点

そんな「とみおか繭工房」は、2021年、農林水産省の「令和3年度6次産業化アワード」において、大臣官房長賞を受賞。1月21日にリモート形式での表彰式が開催されました。
(詳しくはこちら

こうした快挙を成し遂げた「とみおか繭工房」で開設間もないころから尽力し、“とみおか繭工房の歩み”を知りつくした親子がいます。野口 正広と、息子の野口 拓也です。

「とみおか繭工房」とともに歩んだ軌跡

野口正広(以下、正広)は、養蚕農家の生まれで、高校卒業後は実家を継ぎ、養蚕業を営んでいました。しかし、時代の流れとともに繭の価格は下落。養蚕から原木シイタケの生産へ転換して栽培を行っていました。
そんな正広ととみおか繭工房が出会ったのは、2017年の11月です。

「当時、とみおか繭工房のマネージャーが、『養蚕の道具を譲ってくれないか』と尋ねて来たんです。その時、とみおか繭工房のいろいろなお話を聞いて、愛着があって取って置いた数々の道具を譲るとともに、『お手伝いぐらいならできますよ』とお伝えしました。そうしたら、3カ月後に本当に『手伝ってほしい』と連絡がきたんですよ」(正広)

これをきっかけに、正広は6月から10月の養蚕繁忙期、月に1週間から10日ほど、“助っ人”としてとみおか繭工房でメンバーとともにはたらくことになりました。

その年、とみおか繭工房は養蚕をはじめて2年目。メンバーはまだ作業に慣れていません。

「蚕を育てるには、餌となる桑の葉を与えなければなりません。蚕は食欲旺盛。日に何度も桑園に行き、桑取りをする必要があるのですが、みんな慣れていないので思うように進まない。私の担当は桑くれ(蚕に桑を与えること)だったのですが、すぐ餌不足の状態になってしまって……。蚕がちゃんと育つか心配でね、自らもよく桑取りに行っていました。でも、今ではもうみんな作業になれ、そうした心配もなくなりました」(正広)

メンバーの成長をうれしそうに話す正広ですが、メンバーは障害のある人たち。正広はどのように接してきたのでしょうか。

「性格によって、できるだけ褒めたほうがいい人もいれば、ていねいに教えてあげたほうがいい人もいる。一緒に作業をしながらメンバーの人となりを見極め、その人に合わせて接し方を変えてきました。でも、障害にははじめから抵抗がありませんでしたし、一緒にはたらくようになってからも特別視はしていません。障害も一つの個性ですよ」(正広)

メンバーだけでなく、スタッフにも写真のようにていねいに指導する正広

メンバーとの関係も良好で、養蚕の“助っ人”として活躍する正広に、ある日上司が相談を持ちかけます。「メンバーの雇用を拡大するために今年から野菜の生産をはじめるのだけれど、野菜作りを教えられる若い人いない?」と。正広は「うちの息子がおるよ」と、野口 拓也(以下、拓也)を紹介。2019年1月のことでした。

まずは“農業は楽しい!”と思ってもらうことからスタート

拓也は、大学を中退後、実家で父・正広とともに原木シイタケの生産に励んでいましたが、畑が空いていることからナスやとトマト、スナップエンドウなどの野菜の生産にも着手。しかし、農業の中でも難しい有機栽培での生産だったこともあって生計が立てられず、6年後には農作業と並行してアルバイトをはじめ、2018年3月には原木シイタケの生産を中止。そうして30歳になり先の人生を考えていたそのとき、正広から「とみおか繭工房」の話が。

「私の中では『農業をやりたい!』という想いがとても強くありました。それで、一度話を聞いてみようと、とみおか繭工房へ出向いたんです。それが、2019年2月。そして、そのとき『ここは農業をやる会社だけれど、そこに関わる人たちは障害がある人たち。そうした人たちに対して配慮ができるかどうかで決めてください。』と言われました。

私自身、障害のある人と多少縁があった時期もあり、障害があることや配慮することに抵抗はまったくありませんでした。実際に工房を見学したとき、メンバーが仕事に対して前向きに取り組んでいる様子が印象的で、このメンバーと一緒にやっていこう、そう判断しました」(拓也)

そして、同年4月、拓也はパーソルサンクスに入社します。
入社前、「養蚕と野菜、どちらもやってもらう」と言われていた拓也は、自分なりに入社後の仕事の進め方を考えていました。4月から養蚕の作業を行いながら、野菜の生産の事業プランを組み立て、養蚕が落ち着いたら畑の準備をして、メンバーみんなにいろいろ教えて……、と。

ところが、4月2日、とみおか繭工房に初出勤してみると、畑もあり、作る野菜も出荷先がJA(農業協同組合)であることも決まっていて、すぐさま「野菜作りスタート!」のホイッスルが鳴ったのです。
拓也はまず、野菜の生産に専念することになりました。

「農作物をJAに卸すということは、本職の農家が手塩にかけて育てた作物と勝負をするわけです。その勝負の場となる市場では障害の有無は関係なく、売り上げに結び付けるには良いものを作るほかありません。そして、そのためには“農業をするんだ!”、“良いものを作るんだ!”という強い意志が必要。しかし、メンバーは野菜作りは未経験。野菜はどう育てるのか、イメージも湧いていない。そこでまず、農業に対する意識から変えていこうと考えました」(拓也)

とはいえ、メンバーに農業に関する知識や心構えをゆっくりと教えている余裕はありません。拓也は野菜作りを行う中でメンバーの意識改革をすることにしました。

「1年目はまず、“野菜作りは楽しい”と思ってもらえるように努めました。黙々と作業をするメンバー一人ひとりに『手を動かしながら雑談しよう!』と声をかけ、『この野菜、こうやって食べるとおいしいよね』などと、世間話をしながら目の前の野菜に絡めた話をしてまわったんです。すると、次第に作っている野菜に興味を持ちはじめて“やらなきゃいけない仕事”から“楽しい仕事”に変わり、作業も意欲的になっていきました。

その翌年は、“品質への意識を持ってもらう”ことをテーマにしました。良いものを作るには、手間をかけたり、注意すべきことがあるなど、大変な部分があることも教え、そして、同時にその大変さが、味を良くしたり、お金にもつながることを話して、“良い野菜を作りたい”という気持ちになるようにしました。

そして3年目となる2021年度は、“農業をやるぞ!”と、こだわりをもって作業に向き合えるように促しました。たとえば、初めて野菜作りに関わるメンバーが何かわからないことがあったとき、できるだけ3年目のメンバーから教えてもらうようにしたんです。教えることで自身の成長を実感し、それが自信になって“こだわってやっていこう”といった気持ちにシフトしていくといいな、と思ったからです」(拓也)

拓也の3年目の試みも成功。良質な作物がたくさんとれるようになりました。そして、メンバーからは「これはどうしたほうがいいの?」といった質問も増えてきたと言います。

メンバーの作業の様子

頼りにされる工房になり、群馬県の農業を支えて活性化させたい

「とみおか繭工房」では、養蚕閑散期の11月と12月に、群馬県の名産であるコンニャク芋が収穫の時期を迎えるため養蚕、野菜と農業に携わるメンバーは近隣農家の人手不足を補うため農作業の手伝いに出向きます。2021年度は10人が行くことに。

「そのことをメンバーに伝えると、『私やりたいです』『僕やりたいです』と数名が自ら手を挙げたんです。その中の一人の女性は、これまでこちらの判断で行かせていなかったメンバー。彼女に行きたい理由を尋ねると『人の仕事を手伝ってみたい』と言うんです。そのやる気に驚きましたね。現場では最初、不慣れで少し作業スピードも遅く、心配な部分もあったのですが、最後まできちんとやり遂げてくれました。これは本当にうれしかったですね」(拓也)

彼女以外も挙手したメンバーは全員仕事をやり遂げ、農家からは「来年もまたこのメンバーでお願いできますか?」といったうれしい言葉と指名をもらったそう。そしてそのあと、この活躍の話を聞いたほかのメンバーが、その仕事に興味を持つといった好循環が生まれていると言います。

拓也が目指してきたメンバーの意識改革の取り組みは、こうして着実に効果を発揮。
2022年度からは拓也が「アグリチーム」のリーダーとして、野菜と養蚕の両方を率いていきます。

「実は2021年の6月、養蚕のスタッフが手薄になってしまったんです。その時からスタッフには養蚕も野菜も関係なく、作業を滞りなく進めることを最優先に柔軟に動いてもらっていますし、メンバーに対しても『養蚕って楽しい!』と思ってもらえるような取り組みをはじめています」(拓也)

養蚕は真夏の暑いさなかが最盛期。たとえば昨年の夏は、雑談だけでなく、『今日は暑いから休憩時間を長くしてしっかり休もう!だからそれまでがんばろう』と、効率もモチベーションも下げないような工夫をしたそう。
こうした取り組みを引き続き行いながらも、リーダーという役職がつく2022年度は、スタッフやメンバーがより快適にはたらけるよう、労働環境にも気を配っていきたいと言います。

そして、次のように今後の展望を話しました。

「農家の後継者問題は深刻です。『農業やりたいけど……』と二の足を踏んでいる人の課題や悩みを解決して背中を押せる、頼りにされる工房にしていきたいですね。
たとえば、『とみおか繭工房では、野菜は〇年、養蚕は〇年やっています。群馬県で農業をするなら、ノウハウを提供することはもちろん、繁忙期にはベテランメンバーを派遣することもできます。また、養蚕をやりたいけど桑園が持てないという人には、工房の桑畑の一角をリースすることもできます!』なんて言えるようになったらいいな、って思っています(笑)」(拓也)

そのためにも、現在生産しているナス、下仁田ネギ、ホウレンソウ以外にも、さまざまな野菜作りにチャレンジしたり、桑園も広げていきたいのだとか。
また、これまで繁忙期だけの“助っ人”だった正広は、2021年度から養蚕アドバイザーとして通年でスタッフの育成にも尽力。

「父・正広は65歳。仕事で疲れさせては……、と労りたい気持ちがある一方、その養蚕の知識や技術は今のとみおか繭工房に、まだまだ必要なんです。母も父の体を心配しながらも『本人が楽しいなら』と言ってくれていますし……。当分はがんばってもらいたいと思っています。家族にも本当に感謝ですね」(拓也)

「ここに来て、スタッフやメンバーの人と話をするのはすごく楽しい。健康に気を付けながらがんばります」(正広)

TRY!Points

・メンバーの人となりを、仕事をするなかで見極め、その人に合わせた接し方をした
・一人ひとりに声をかけて雑談し、“楽しい”と思う気持ちを育んだ
・人に教える機会を作り、成長を実感させて、自信とやる気につなげた

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