1日100食限定の「佰食屋」が考える、ウィズコロナ時代に向けた飲食店の在り方

「1日100食限定」という、従来の飲食店の常識を覆す営業形態で知られる国産牛ステーキ丼専門店「佰食屋」。売り上げを追わずに利益の最大化を目指すその独特の経営手法は、“究極のホワイト企業”を目指すための施策でした。

では、理想のワークライフバランスを追求し、「佰食屋」のモデルを創り出した株式会社minittsの中村 朱美氏は、コロナ禍で大きな転換期を迎えている飲食業界の今後を、どのように見通しているのでしょうか?パーソルイノベーション株式会社で、飲食店などのアルバイトスタッフのシフト管理システムを提供する「Sync Up」事業責任者の竹下 壮太郎が聞きしました。

目次

求めるワークライフバランスを自ら起業することで実現

竹下:1日100食限定に絞ってステーキ丼を提供する「佰食屋」のコンセプトは、どのようなきっかけで生まれたものなのでしょうか。まずは中村さんが起業するに至った経緯を含め、その誕生秘話から聞かせてください。

中村氏:私はもともと学校の先生になりたくて、教育系の大学に入りました。しかし一方で、定時ぴったりに仕事を終え、夜は家族みんなでご飯が食べられる生活がしたいという思いを強く持っていたんです。そこで、残業が少なくはないとされる教職を諦めて、ホワイト体質で有名な専門学校に職員として就職しました。

ところが、仕事自体は充実していたものの、役職が上がるに連れて徐々に忙しくなり、残業はもちろん、出張で全国を飛び回らなければならない日々が続きました。定時であがれる生活にはもう戻れない状況で、かといって転職したところで同じことが起こるかもしれません。

ではどうするかと考えたところ、自分が望むはたらき方が実現できる職場がないなら、自分でつくってしまえばいいと思いついたんです。

竹下:そこがユニークですよね(笑)。飲食業に目をつけたのはなぜですか?

中村氏:私は本来、臆病で心配性ですから、それまで起業なんて一度も考えたことはありませんでした。それにも関わらずまったく未経験の飲食業に飛び込んだのは、家で夫が作ってくれるステーキ丼が本当に美味しくて、「これを多くの人に食べてもらえたらうれしいな」という、シンプルな気持ちによるものです。

それに、夫は定年後に飲食店をやりたいとよく言っていたので、だったらこのタイミングで挑戦するのもいいのではないかと思ったんです。ただし、やるなら自分が求めるはたらき方が実現できる環境を整え、それを持続できるようにしなければなりません。これが現在の「佰食屋」の着想につながっています。

竹下:ちょうど我々もいま、快適なはたらき方ができるアルバイト先をつくろうと取り組んでいるところなのですが、企業はどうしても利益を追求しなければならないので、バランスの取り方が難しいんです。「佰食屋」のモデルがイノベーションだと言われるのは、まさにそこですよね。

中村氏:ありがとうございます。1日100食と決めてしまえば、自ずと労働時間も限られますから、すべての従業員が残業することなく仕事を終えることができます。そして短時間労働に特化すれば、育児中の女性や介護中の方であっても、無理なく仕事を続けることができるメリットも生まれます。

さらに言えば、提供する量があらかじめ決まっているので、フードロスを起こす心配もありません。実際、在庫を抱えることがないので、うちの店舗には冷凍庫がないんですよ。100食限定というプレミア感は宣伝効果にもつながりますし、この事業形態には多くのメリットがあると自負しています。

仕事とは人生を豊かにするためのもの

竹下:ところで、私が初めて中村さんにSNSでメッセージを差し上げたのは、たしか昨年の9月ごろであったと記憶していますが、当時はコロナ第3波の真っ只中で、飲食業界がどん底の時期でした。

そのころ私は、飲食業界に少しでも貢献できることがないかと思い、個人的に「30日間外食チャレンジ」というのを始めて、いろんなお店にお邪魔していたんです。アルバイト領域で事業を展開する私としては、「佰食屋」はまさに気になる存在で、大変な時期に厚かましいと思いつつもメッセージさせていただきました。

中村氏:そうでしたね。そのメッセージが、なぜか迷惑メールフォルダに振り分けられてしまって、何日も気付かずにいたのを覚えています。その節は大変失礼しました(笑)。

竹下:いえいえ(笑)。それにしても、従業員の観点に立ってみれば特に、学生時代のアルバイトというのは「はたらく」ことの原体験ですから、こうした新しい飲食業のかたちに触れられることは有意義でしょうね。人材採用はどのように行なっているんですか?

中村氏:これは当初から決めていて、必ずしも明るくて元気な人材を求めているわけではなく、真面目で誠実であればいいと考えています。その上で唯一の条件にしているのが、既存の従業員と合うか合わないかです。

仕事仲間というのは場合によっては家族よりも長い時間を過ごす関係ですから、これは優秀であることより大切だと思います。だから面接もたっぷり時間をかけて行ない、すべての従業員の賛成が得られなければ採用を見送るようにしているんです。

竹下:それは徹底されていますね。ほとんどの企業が店長の一存で採用を決めているので、面接プロセスにほかの従業員の方が介在するケースというのは、初めて見ました。

中村氏:仕事は生産性を上げるためにやるものではなく、人生を豊かにするためのものというのが私の考えで、そのためには気の合う仲間と一緒にはたらく環境があるのは重要です。先ほど竹下さんもおっしゃったように、特に若い人にははたらく原体験となる場ですから、できるだけ良い環境を用意してあげたいという想いがあります。

竹下:それはすごく共感できるお言葉です。以前、ある居酒屋の求人広告をお手伝いした際、お礼も兼ねてそのお店で食事をしていたら、ちょっと地味で、いかにも人見知りな感じのスタッフさんが目についたんです。それでもすごく真面目に頑張っている様子が伝わってきて思わず声をかけたら、私が制作に携わった求人原稿を見てこの店に入ったと言います。

でも、明るいスタッフばかりの中ではやや異色に見えて、「なぜこの仕事を選んだんですか?」と聞いたら、「実はアナウンサーになるのが夢なので、こんな自分を変えるために人と接する仕事を選びました」と言うんです。これは、求人広告の作成に携わる身としては本当に冥利に尽きる経験で、自分を変えるために環境を選ぶ人もいるのだということを、あらためて実感させられた出来事でした。

中村氏:それはとてもいいお話ですね。だからこそ従業員の事情に寄り添うことは大切で、うちの場合、就業規則も常時、フレキシブルに変更するようにしています。たとえばシングルマザーの方が入社して、「有給を1日単位ではなく、子どもの学校の行事にあわせて半日単位でとらせてほしい」と要望があれば、「それはいいですね」と翌日からすぐ全従業員にその制度を適用します。

これは権利と義務の話でもあって、こちらは求められた環境をできる限り用意しますが、その代わり従業員としての義務は果たしてほしいということです。つまり、本人が何も変わっていないのに給料だけ上げてほしいというのは無理なわけです。

ウィズコロナ以降の時代に求められることは何か

竹下:まだまだコロナの完全収束には時間がかかりそうで、飲食業界はもうしばらく苦しい時期が続くことが予想されます。こうした状況を経て、はたらく皆さんが職場に求めるものも様変わりしつつあるように感じます。「佰食屋」ではたらく皆さんにも、何かそうした変化は感じられますか?

中村氏:佰食屋では、休業中も従業員に給与を支給していました。しかし時間が経つにつれ、「はたらきたい」と言い出す人が増えていきました。何よりコロナで先行きが不透明なことで、漠然とした不安を感じているようでしたね。

実際、これからはただ飲んで騒げればいいという時代ではなく、目的に合わせてお店を吟味するお客さまが増えていくはずで、飲食店側は正念場を迎えます。そこで何をするかが問題で、今後の飲食店はただ飲み食いをする場ではなく、“美味しい”という感情を使って多様な活動を生み出していかなければならないと思います。

竹下:おっしゃる通りだと思います。お客さまとお店の出会いの接点をどうつくっていくかという問題もそうですし、お店と従業員がどう出会うかという問題もあります。そこで今、さまざまな企業がトライ&エラーを繰り返しているわけですが、お客さまと従業員の双方に、いかに新たな体験が提供できるかが大切ですよね。

Sync Upチームの皆さん

中村氏:それで言うと、「佰食屋」でアルバイトをしてくれる大学生は、これまで全員が、自身が望んだ就職先に入社しているんですよ。これは経営者としての私の振る舞いを間近で見ていたことも一因だと思いますが、就活や進路についての相談に、つぶさにのってきたことが大きいと感じています。

竹下:「佰食屋」ではたらいた経験があるというのは、それ自体がキャリアアップにつながりそうですね。

中村氏:それはまさに、目指していたかたちでもあるんです。うちではたらく誰もが、なりたい自分、叶えたい目標に近づいてほしいので、寝坊の多いスタッフに対しては生活面からきっちり指導しますし、昼でも夜でも何か悩みがあるならいつでも直接私に連絡をくれるよう、周知しています。何より、従業員は家族と同じくらい大切な存在ですから、向き合う時間は多いほどいいと思いますね。

竹下:最近では「マーケティング4.0」という言葉が使われることもありますが、なりたい自分を理解し、それを実現させる視点を持つことは、企業にとって非常に現代的ですよね。業種を問わず、従業員に意見やニーズを問うこと自体がリアルなマーケティングにもなりますし、そこに可能な限りの時間をかけようというスタンスは素晴らしいと思います。

また、お客さまに対しても、ただ美味しいものを提供するだけでなく、ウィズコロナ時代には感染症対策の面で安心を届けたりするような、ホスピタリティが問われることにもなると思います。そうした時代の変化を見据えて、今後何か考えている戦略はありますか?

中村氏:実はコロナ前は、多店舗展開も視野に入れていました。しかし、今では私自身の考え方も変わり、集客型ビジネスである飲食業のモデルは、人口減少も踏まえて限界を迎えつつあると思うようになりました。では、「美味しい」を武器に何をやるのかというと、私たちが着目しているのは「防災」です。

災害発生時に最も困ることは、トイレなどの水回りと食事です。しかし飲食業界はせっかく美味しいものをつくる技術を持っているのに、これを非常食や保存食に生かす取り組みをあまり行なってきませんでした。これまで培ってきた知見を生かせば、世界に誇れる美味しい非常食が生み出せるはずで、それに向けて準備を進めているところです。

竹下:それは素晴らしいですね!店舗を増やしていくビジネスモデルに限界があるからこそ、飲食業界はもっとイノベーションしていかなければなりません。我々としても、そうした視点で業界や企業を支援していかなければならないなと、あらためて思いました。

中村さんの取り組みに負けないよう、こちらも新たな価値をどんどん生み出していけるよう頑張りたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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