テクノロジーの進化や人生100年時代を見据え、就労者のライフスタイルやはたらき方が多様化している中、企業には自社の利益追求だけでなく、従業員のwell-being(より良い状態)を実現する経営姿勢が求められています。
そこで、株式会社パーソル総合研究所では、「幸福学(幸福経営学)」を提唱されている慶應義塾大学の前野 隆司教授とともに「はたらく人の幸福学プロジェクト」を発足。これまで2つのフェーズで調査・分析を実施(*)、結果を発表しました。
●調査・研究の背景と目的
従業員のwell-beingを実現するには、まず、従業員がはたらく上でどのようなことに幸せ・不幸せを感じるかを知る必要があります。また、そうした従業員の幸せ・不幸せが組織にどのように影響しているかを見ていくことも重要です。
そこで、従業員一人ひとりの“はたらく上での幸せ・不幸せ”を改善し、企業と従業員がともにより良い状態となるための新たな経営指標や組織マネジメントのヒントを提示できればという想いから、2019年にプロジェクトを発足、調査・研究を実施してきました。
今回は、本調査のプロジェクトメンバーである、パーソル総合研究所 研究員の金本 麻里に、多くの調査・分析結果の中からポイントを絞って教えてもらいました。
――2つのフェーズで調査・分析を実施されていますが、まず第1フェーズのポイントから教えてください。
金本:第1フェーズでは、「はたらく人の幸せ」に着目し、はたらくことを通じた幸せと不幸せの要因「はたらく人の幸せ因子(7因子)」「はたらく人の不幸せ因子(7因子)」を導き出し、それを基にした診断ツールを開発しました。
また、因子とは別に、ベンチマークとなる「はたらく幸せ/不幸せ実感」を各5つの質問(「私は、はたらくことを通じて、幸せを感じている」/「私は、はたらくことを通じて、不幸を感じている」など)で聴取。ほか、さまざまな調査・分析によって、はたらくことを通じて幸せを感じている人は、個人・組織のパフォーマンスが高いことが分かりました。
――はたらく人の幸せや不幸せの要因となる各7つの因子にはどのようなものがあるのですか?
金本:「はたらく人の幸せ因子(7因子)」「はたらく人の不幸せ因子(7因子)」は、下の図で表したものです。
――はたらくことを通じて幸せを感じている人ほど、個人・組織のパフォーマンスが高いとのことですが、不幸せを感じている人は……?
金本:下の表が「はたらく幸せ/不幸せ実感」とパフォーマンスの関係を示したものです。このように「はたらく幸せ実感」が高いほど、個人・組織のパフォーマンスは高まり、逆に「はたらく不幸せ実感」が高まると個人・組織パフォーマンスは低下することが分かりました。
――パフォーマンスがアップすることで幸せ実感が上がるということはないのですか?
金本:第1フェーズの調査では、「はたらく幸せ実感」がパフォーマンスを高めるのか、それともパフォーマンスが「幸せ実感」を高めるのか、その因果の方向については不明確でした。
そこで、第2フェーズでは、6社の企業にご協力いただき、はたらくことを通じた幸せ/不幸せの状態や、パフォーマンス、就業意識・行動などを尋ねる縦断調査(※1)を行い、この因果関係(※2)を明らかにしました。
(※1)縦断調査とは、いくつかの社会的因子の間の因果関係を調べるために、同一の調査対象者に対して一定の間隔をおいて同じ質問を繰り返し行う調査のこと。今回の調査では、第1回調査と第2回調査の間を3カ月~5カ月9日間(調査開始日の差で計算)空けて実施。
(※2)ここでの因果関係は、「はたらく幸せ実感」や「はたらく幸せ因子」の状態が高まれば、個人や組織のパフォーマンスが高まるといった公式が成り立つかどうかを定義とした。
従業員の「はたらくこと通じた幸せ」は、経営戦略の一つになる⁉
――第2フェーズでは、どのようなことが分かりましたか?
金本:「はたらく幸せ実感」とパフォーマンスの因果関係は、「はたらく幸せ実感」や「はたらく人の幸せ因子(7因子)(以下、幸せの因子)」の状態が先行要因であることが分かりました。つまり、「はたらく幸せ実感」や「幸せの因子」の状態が高まることで、個人や・組織のパフォーマンスが向上するということです。さらには、職場メンバーへの配慮といった組織市民行動やチャレンジするなどの挑戦志向も促進されることが明らかになりました。
――パフォーマンスが高まるということは、企業の利益につながりますね。
金本:はい。従業員のはたらくことを通じた幸福を追求することは、福利厚生という目線だけでなく、経営戦略の上でも重要ということです。それをデータで示せたのは、企業がwell-beingを推進していく上でもとても意義深いことだと思っています。
――ほか、第2フェーズではどのようなことが明らかになったのですか?
金本:中でもご紹介したいのが次の2つです。
1.「はたらく幸せ実感」がワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントを高める先行要因だった。
2.「はたらく幸せ/不幸せ実感」や「幸せの因子」「はたらく人の不幸せ因子(7因子)(以下、不幸せの因子」の状態はメンタルヘルスに影響を与えていた。
――1から教えてください。ワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントを高めたいなら、「はたらく幸せ実感」を高めればいいということでしょうか?
金本:そうです。「ワーク・エンゲイジメント」は仕事に対して熱中・没頭し、活力を得られている状態、「組織コミットメント」は組織に対する愛着や忠誠心を意味しており、昨今多くの企業でモニタリングされている指標となっています。ワーク・エンゲイジメントが、個人・組織パフォーマンスやポジティブな行動傾向を高めることや、組織コミットメントが挑戦志向やジョブ・クラフティングを高めることも分かっています。つまり、「はたらく幸せ実感」が高まれば、ワーク・エンゲイジメントや、組織コミットメントが高まり、さらにはパフォーマンスやポジティブな行動が促進されるということです。
――2のメンタルヘルスに影響を与えるとは?
金本:「はたらく幸せ実感」や「幸せの因子」は心理的ストレス反応や睡眠の質を良好にし、「はたらく不幸せ実感」や「不幸せの因子」は、悪化させるという因果関係があることが分かりました。つまり、はたらくことを通じて幸せを感じ、不幸せを感じなくなれば、メンタルヘルスが向上するということです。
個人で、企業で「はたらく幸せの追求」を!
――「はたらく幸せ実感」や「幸せの因子」の状態を高めることは、個人だけではなく、企業にも良い影響をもたらすことが良くわかりました。一人ひとりが「はたらく幸せ」を追求することが特に重要なのですね。
金本:はい。「はたらく幸せの追求」はパフォーマンスをアップさせるので、個人としてもぜひやってほしいですね。第2フェーズの調査でも利用している、「幸せの因子」「不幸せの因子」の状態を測定できる『はたらく人の幸せ/不幸せ診断』はwebで無料提供をしています。診断を行い、改善したい因子などを確認することで、より幸せにはたらくヒントが見つかるかもしれません。どんどんご活用ください。
――『はたらく人の幸せ/不幸せ診断』は、企業が従業員の状態を知るためにも使えそうですね。
金本:そうですね。従業員アンケートなどで活用してもらっても良いと思います。
第2フェーズでご協力いただいた6社には、それぞれの従業員の結果をお伝えしたのですが、「肌で感じていたことが可視化できて良かった。課題が見えたので改善に早速取り組みます」「自社にこういう特徴があったことは意外でした」などの声をいただいています。
また、本プロジェクトでは、「幸せの因子」「不幸せの因子」を使い、コロナ禍となってテレワークを行うようになった人の「はたらく幸せ/不幸せ実感の変化」も調査したのですが、結果として、テレワーカーは出社者に比べ「幸せ実感」が高い人が多かったものの、20代だけは低くなっていました。「ITに強い20代はテレワークのはたらき方にも柔軟に対応できるだろう」と思いがちですが、それは先入観。well-being経営を目指すためにも、こうした先入観をなくすことはとても重要です。従業員の“今”の状態をしっかり把握するためにも、ぜひ『はたらく人の幸せ/不幸せ診断』を活用いただければと思います。
――最後に、今後の意気込みをお願いします。
金本:私自身、メンタルヘルスに関心があるので、今後もこういった分野の研究を行い、発信していけたらいいなと思っています。そして、研究結果がwell-being経営の活性化の後押しとなり、多くの人の「はたらいて、笑おう。」につながればうれしいです。
●第1フェーズについて詳しくは「はたらく人の幸せに関する調査結果報告書」をご覧ください。
●第2フェーズについて詳しくは「はたらく人の幸せに関する実証研究結果報告書」をご覧ください。
●「はたらく人の幸せに関する調査【続報版】(テレワーカー分析編)」はこちらをご覧ください。
●『はたらく人の幸せ/不幸せ診断』無料診断サイトはこちら。
●本調査の解説は機関誌「HITO」第16号や、プロジェクト特設サイトにも掲載されています。
(*)2つのフェーズの調査について
第1フェーズでは、全国の就業者(※3)を対象に、はたらくことを通じた幸せ・不幸せが個人のパフォーマンスや組織パフォーマンスへ与える影響を探るためのアンケート調査を実施しました。
第2フェーズでは、6社の企業(※4)の協力のもと、第1フェーズ同様の「はたらく幸せ/不幸せ実感」の質問や、「はたらく人の幸せの7因子」「はたらく人の不幸せの7因子」などを用いて2回にわたる縦断調査を実施しました。
(※3)全国就業者4,634人
(※4)6社企業従業員、第1回調査は1,266人、第二回調査は1,046人