【星野佳路×高橋広敏】観光産業が抱える“本質的な課題”と未来

今、社会環境の大きな変化とともに、「はたらく」の在り方が問われています。未来をどのように描き、そこで私たちはどのように生きるべきか。そして、その未来をどう創造していくべきか。
連載対談「はたらくのゆく先」では、人とテクノロジーの共創で新たなはたらき方を創り出すパーソルイノベーション株式会社の代表取締役社長であり、パーソルホールディングス株式会社の取締役副社長およびSolution SBU長も務める高橋 広敏が、各分野の有識者たちとの対談を通して、創造すべき未来を捉えていきます。

今回のセッションテーマは「観光産業が抱える“本質的な課題”と未来」。お話を伺ったのは、株式会社星野リゾート代表の星野 佳路氏です。激動の時代を迎えている観光産業。コロナ禍以前から続く長年の課題とは──。

星野リゾート代表 星野 佳路
1960年、長野県軽井沢町生まれ。1983年、慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。2001〜04年にかけて、山梨県のリゾナーレ、福島県のアルツ磐梯、北海道のトマムとリゾートの再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築し、2005年「星のや軽井沢」を開業。現在、運営拠点は、ラグジュアリーブランド「星のや」、温泉旅館「界」、リゾートホテル「リゾナーレ」、都市観光ホテル「OMO(おも)」、ルーズに過ごすホテル「BEB(ベブ)」の5ブランドを中心に、国内外45カ所に及ぶ。2013年には、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。2020年、星野リゾートは創業106周年を迎え、「星野リゾート BEB5土浦(茨城県・土浦市)」や「星のや沖縄」など、新たに5施設を開業。

 


経営者として「倒産確率」のメッセージを発信


高橋:このコロナ禍で、宿泊産業は大きな打撃を受けたと思います。星野リゾートはどうでしたか?

星野氏:3月までは業績に影響はなかったのですが、緊急事態宣言の発令を機に大量のキャンセルが発生し始め、「さすがにまずいな」と思いました。
20世紀初頭のスペイン風邪は、第2波、第3波と続きました。そのころと比べて医療は発展していますが、ワクチン開発や集団免疫獲得の時間を鑑みて、あらゆる情報を参考にしながら「18ヶ月プラン」の経営計画を立てました。

第一波が収束して第二波がくるまでに旅行需要は戻るはず。そこで国内需要をターゲットにしよう、と。観光産業の国内需要は25兆円という大規模な市場です。そこを狙う方法としてマイクロツーリズムの構想を打ち出すなどしました。

高橋:冷静に市場も分析しつつ、一方で経営者として、社員に対し自社の「倒産確率」を発表したんですよね。驚きました。

星野氏:コロナ禍で動揺する社員も多かったので、社員専用ブログを頻繁に更新しました。会社としての全体方針の話や、第二波・三波に向けた対策、いまやるべきことなどを4月から週1回くらいの頻度で発信し、その流れで、5月末に「倒産確率」を出しました。
4月5月と売上が9割減となり、不安が続く中で、社員が本当に知りたい情報ってなんだろうと考えたときに、それは「倒産確率」なのではないか、と。
売上の増減、コスト削減の進捗、外部からの資金調達の可否を3つの柱に、それぞれの状況変化のシナリオを立てて数理モデルをつくり、倒産の発生確率を算出しました。


高橋:
社員からはどのような反応だったのですか?

星野氏:大好評でしたね。昔からいる社員からは「久しぶりに星野リゾートらしい取り組み」と言われました。そこから毎月「倒産確率」を更新していきました。推移としては、5月は倒産確率が4割弱まで上がってしまいましたが、6月7月と減少し、8月末には2割弱となり、先の見通しが立てられるようになりました。

高橋:経営者としてこうしたアイデアを思いついて外部にも発信できるのは稀有なことです。
はたらく側の人たちも経営者の純粋なメッセージを理解したからこそ、不安よりおもしろいと思ってくれたのかもしれませんね。

星野氏:あまり深刻に捉えてほしくないと思いました。むしろ、みんなで作戦を練ろうというスタンスでしたね。


宿泊産業の「本質的な課題」とは?


高橋:一方で、宿泊産業での労働や就労環境にはさまざまな課題もあります。
高齢化や採用難による人材不足や長時間労働、複雑な勤務形態などが挙げられますが、こうした点はコロナ以前から問題視されていましたよね。
これらの業界課題は非常に根深いと思います。星野リゾートでは90年代から対策をしてこられたかと思いますが、解決にあたりもっとも難しいポイントはどのあたりでしたか?

星野氏:宿泊産業のはたらき方における本質的な課題は、「手待ち時間の解消」です。
手待ち時間とは、会社に来ているのに仕事をしない時間があること。それをどうやって削減するかが最大のテーマでした。
たとえば、私の父の時代には、従業員が14〜15時間くらいは職場にいました。でも実際の稼働時間はその半分程度。職場に長時間拘束されながらも、実際の労働はその半分程度で、あとはお茶をしたり休憩を長く取ったりする。そういう世界だったのです。
なので、サービス残業は撤廃し、実際の労働分に対する報酬を支払うことにしました。9時間でタイムカードを切るなら、9時間分の役割や業務を設計し、はたらいてもらう、と。それがスタッフ全員の多能化を推し進めることとなり、たとえばフロントスタッフがフロント以外の仕事も学ぶ必要が出てきました。

高橋:勤務時間=実稼働、というのは当たり前のように聞こえますが、手待ち時間の多い「中抜け勤務」や「たすき掛け勤務」のような、はたらく時間における独特のリズムが習慣化してしまうと、戻すのは非常に難しいんですよね。反発が大きいのは容易に想像がつきます。
私たちも地方の小規模宿泊施設から人材派遣の依頼を受けることがありますが、ひとまず社内での人材配置の見直しを提案する場合もあります。
実際にどのように変化を促していったのでしょうか?


星野氏:
1人のスタッフがホテル運営に関する複数の業務を担う「マルチタスク」のはたらき方について、時間をかけて説明しました。すぐに馴染む社員もいれば、これまでのはたらき方や専業にこだわる社員もいましたので、仕組みとしてどう根付かせるかという点で多面的な対策を考えました。
こうした問題もクリアしながら再生事業案件を進めていき、ようやく2005年くらいから軌道に乗り始めました。90年代から初めて、10年以上の時間がかかりましたね。紆余曲折ありましたが、変えなければいけない方向性は明確でした。

高橋:新しいはたらき方に順応できる宿泊産業の人材を、地方の観光地に連れてくるというのもまた、難しそうですしね。

星野氏:はい。これまで以上に新卒採用にも力を入れましたし、異業種の方々の採用も強化しました。特に製造業ではたらいていた方は、宿泊産業でも能力を発揮してくれます。とてもきっちりしている方が多いという印象がありますね。

高橋:手待ち時間をなくして生産性を上げようという特徴があるので、その考え方はまさに製造業と宿泊業に共通する点かもしれませんね。

星野氏:学ぶべきは世界的なホテルチェーンなどではなく、日本の製造業だと確信しました。それに気付いて、経営面としても「日本の製造業のすごさを旅館に適用」することを意識しました。


日本人は本当の観光タイミングを逃している?


高橋:宿泊産業においては「需要側」である利用者のはたらき方も変わることが、産業発展のポイントですよね。たとえば休暇取得を分散し、観光需要を平準化する点などが挙げられると思います。

星野氏:まさにそこが、日本の観光産業の課題の一つだと思います。日本の観光産業の市場約28兆円のうち、約24〜25兆円が日本人による日本国内の観光です。その需要がゴールデンウィーク、夏休み、年末年始と土曜日で年間合計約100日に集中してしまっています。
ゴールデンウィークの軽井沢は室料を3倍にしても満室になるくらい。高速道路は渋滞し、利用料金は高騰します。
実は、軽井沢の新緑が最盛期をむかえていちばん美しい季節になるのは、ゴールデンウィークの2週間後。でも、その5月下旬というのは、一年でもっとも空いている時期でもあります。


高橋:
非常にもったいないですね。
また、雇用する側からすると、年間100日に需要が集中するなら労働力もそこに集中すればよくなります。すると、アルバイトなどの有期雇用ばかりに走りがちになる。

星野氏:そのとおりです。日本の未来を支え、地方の基幹産業になろうともいう宿泊・観光産業ですが、現状は約75%が有期雇用なのです。

高橋:そもそもの需要側の発想を変えないといけませんよね。フランスでは一部、大型連休を地域別で取得する動きもあるそうですが。

星野氏:そうです。フランスは大型連休をABCという3つの地区に分けて、Aは4月1〜2週目、Bは2〜3週目、Cは3〜4週目、という具合です。日本の大型連休もそれに習い、2500万人ずつに分けて取得するなど分散化するといいですよね。


観光産業の未来は可能性に満ちている


高橋:パーソルイノベーションは「Dot Homes」と資本業務提携をしました。まさに、需要と供給を調整し、稼働率を平均化するという考え方に近い理念のサービスです。本日は、代表の留田さんにも来てもらいました。簡単に事業の説明をしていただけますか?

留田(Dot Homes代表取締役):Dot Homes」は、「観光産業を“おもてなし”に集中できるようにサポートする」というミッションを掲げています。宿泊施設を対象に無人化・省人化、非対面・非接触化を実現するDXソリューションを提供しています。
じつは自社でも宿泊施設を運営しているのですが、稼働率を平均化するためのアイデアを実現しています。そのアイデアとは、宿泊施設の部屋を、変動する需要に合わせて「移動」してしまうというものです。

星野氏:繁忙期は部屋を増やし、閑散期はその部屋を繁忙期となるエリアに移動させるということですね。宿泊施設の多くはその土地や自然の魅力と共に在るものですが、季節の変化によってその魅力の強弱がどうしても生まれてしまいますからね。

留田:グランピング施設としてキャビン型の部屋を提供しているのですが、まさにそのような季節などの要素による各地域の需要の変動に合わせキャビンが移動することで、繁忙期や閑散期における供給の調整を実現しています。

星野氏:なるほど。課題解決の本丸でもある需要の平準化までは少し遠いかもしれませんが、目の前のオフシーズン対策にはなりそうです。
たとえば、紅葉前線や桜前線と一緒に日本列島を移動していくとおもしろそうですよね。紅葉前線で北から南に移動し、春になって桜前線とともに南から北上していくなど。

高橋:パーソルグループとしてもこうしたサービスを介して、観光産業の課題を解決するソリューションを提供していきたいと思っています。
コロナ禍でいままでの当たり前や常識が目まぐるしく変化しています。私たちも常に新しく生じる課題を解決し続けねばなりません。

星野氏:観光産業にとっても新型コロナは大きな打撃でした。しかし本質的な競争環境や需要はいずれ戻ってくると予想しています。
また、はたらく側の話でいうと、地方でのキャリアの選択肢も大いに広がっていると思います。
観光地にいながら仕事ができるテレワークやワーケーションも、需要の平準化に繋がるのではないかと期待しています。私たちも今後、そういった観光・宿泊プランを増やしていきたいですね。

高橋:魅力的な仕事があれば、いつでもどこでもはたらける時代ですからね。パーソルグループも、いままでと違う人の流れや雇用の循環を生み出していきたいと思っています。


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連載対談「はたらくのゆく先」 ――過去の記事――

・第一弾【古川裕也×高橋広敏】はたらき方が変わる今、企業が描くべきミッションとはは、こちら
・第二弾【石川善樹×矢野和男×高橋広敏】“幸せ”であるために、人と組織が歩むべき道は、こちら

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