日本の労働人口減少やグローバル化など、社会・経済環境の急激な変化に伴い、終身雇用や年功序列といった「日本型雇用」の限界や不適合が指摘されています。こうした課題が顕在化する中で、組織に必要な職務や責務をもとに人材を雇用し、処遇する「ジョブ型雇用」への移行が議論されるようになりました。「ジョブ型」は国際的には多くの先進国で採用されており、日系企業でも管理職や一部の職種から限定的に導入されるなど、徐々に広がってきています。
そんな中、パーソルキャリア株式会社と株式会社パーソル総合研究所は、今冬に「ジョブごとの報酬水準」を企業に提供する「Salary Research(サラリーリサーチ)」のサービス提供開始を予定、10月にパイロット版のリリースを行いました。(詳細はこちら )
今回は、パーソル総合研究所で「日本的ジョブ型雇用」にまつわるプロジェクトの座長も務める湯元 健治研究顧問、サラリーリサーチラボ 部長の後藤 裕子、「Salary Research」の開発責任者を務めるパーソルキャリアの柘植 悠太に、「ジョブ型雇用」が注目を集めるようになった背景や、はたらく個人にとっては何が変わるのか、また実現していきたい世界観について聞きました。
湯元 健治 日本総合研究所 前副理事長 株式会社パーソル総合研究所 研究顧問 1957年福井県生まれ。京都大学卒業後、住友銀行へ入行。94年日本総合研究所 調査部 次長 兼 主任研究員に就任。07年経済財政諮問会議の事務局として規制改革、労働市場改革、成長戦略などを担当。14年人民大学主催セミナーなどにパネリストとして招聘され、中国研究にも注力。 |
後藤 裕子 株式会社パーソル総合研究所 シンクタンク本部サラリーリサーチラボ 部長 ⽇本IBM株式会社においてグローバル・サービスオペレーション 理事、グローバル・テクノロジー・サービス ⼈事理事を歴任。海外赴任も含めBUHRとしてグローバル⼈事制度の導⼊、⼈財開発、D&I等のプロジェクトや運⽤をリード。その後⽇系⾦融のグローバル推進次⻑としてタレマネシステム、リーダーシッププログラムの⽴ち上げを担当し、外資IT会社の⼈事本部⻑を歴任。2019年9⽉より現職。 |
柘植 悠太 パーソルキャリア株式会社 執行役員 兼 サービス企画開発本部/テクノロジー本部 本部長 2006年入社後、法人営業を経て、事業企画部門にて主要事業(人材紹介/dodaなど)の事業戦略を立案、実行。その後、企業戦略部門の立ち上げを担う。現在は、デジタル技術活用における基盤整備、主要事業に対するテクノロジー活用、新規事業開発などを担い、パーソルキャリアのミッションである-人々に「はたらく」を自分のものにする力を-の実現をテクノロジードリブンでリードする。 |
「ジョブ型雇用」の議論はコロナ以前から
日本で必要なのは「日本的ジョブ型雇用」へのカスタマイズ
――なぜ、日本でも「ジョブ型雇用」が注目されるようになってきたのでしょうか?背景を教えてください。
湯元氏:コロナショックが起きて、大手企業がリモートワークに移行していく中、「ジョブ型雇用」というのが一種の流行語のようになって報道されるようになりました。しかし、実は「ジョブ型雇用」の必要性というのは、コロナを契機として発生したものではなく、以前から課題として存在していました。日本企業を取り巻く経済環境がかつての右肩上がりのような状況でない中、産業構造の変化するスピードも速まり、終身雇用などを含む日本的な人事制度は、変革を求められている状態にありました。
後藤:パーソル総合研究所でも、日本的な「ジョブ型雇用」が必要となってくるだろうと考え、数年前から議論を重ねてきました。今後、日本人の就業人口は確実に減少していきます。またグローバル化によって、はたらく人も国内・海外関係なく活躍をしています。多様な人材が活躍できる場をつくり出し、人の能力を最大限活かしていくためにも、日本的なメンバーシップ型の雇用や人事制度は変わっていくべきだと考えていました。
透明性を高めることで、
はたらく個人と企業との関係性を“フェア”に
――そうした中、なぜジョブごとの報酬水準を企業に提供する「Salary Research」を開発することになったのでしょうか?
柘植:「Salary Research」は、転職サービス「doda」が有するマーケットの実データと、利用する企業の統計データをもとに、報酬水準を提供するサービスです。ジョブごとの報酬水準に透明性が高まることで、企業はパフォーマンスに対して適切な対価を支払うことはもちろんですが、はたらく個人にとってもよりキャリアアップできる機会を提供していくことに繋げていきたいと考え、開発に至りました。
後藤:マーケットでの報酬水準の透明性を高めることが、雇用の流動性を上げ、企業側とはたらく個人側の関係性をフェアにすることに繋がると考えています。企業の人事担当の方とお話をすると、雇用環境の変化に伴い、処遇についての検討が始まっていると伺っています。市場の給与レンジと自社の給与レンジの比較は、報酬制度、評価制度の見直しのときに参照される一つの情報と考えます。一方、はたらく個人側にとっても、処遇であったり昇進の仕組みであったり、透明性が高まっていくことは、公平感に繋がるのではないでしょうか。
湯元氏:実は、「ジョブ型雇用」が進んでいる海外では、賃金相場はもちろん、労働組合も職種別に分かれています。また、大学生のころからどんな職種に就こうかを意識して学部を選ぶ学生も多いです。社会的インフラとしてでき上がっているんですね。職種やスキルセットなどに透明性が高まることは、はたらく個人にとっても選択肢が増えることと言えると思います。
――個人側には、「ジョブ型雇用」が進むとどんな変化が起こると思いますか?
柘植:いままでは、はたらく個人側にとっても、評価基準が不明瞭だったり、何ができれば昇給や次のステップに進めるのかなどが分かりにくい状態でした。ジョブごとに報酬制度、評価制度を定義し、物差しが明確になっていけば、頑張れば頑張るだけ報酬や新しい機会を得るチャンスにも繋がりますし、前向きに頑張るモチベーションになると考えています。
また、いままでは、自分のキャリアや経験が、マーケットでどのように評価されるのか分からず、一つの会社を出てしまったときの漠然とした不安もあったと思います。マーケットと自社とを比較したときにどうなのか?より広い目線で自分のキャリアを自発的に考えることができるようになると、将来に対する不安・リスクも軽減できるかもしれません。企業側も、個人のキャリアをどう応援していくか?という観点から、社員とのコミュニケーションを大事にして取り入れていく必要がありますね。
湯元氏:最近は、大手企業などでも、社員の声に耳を傾け、制度そのものや、どのような仕事をしたいか、ということを従業員に選んでもらう企業が増えてきています。報酬制度・評価制度を透明性のある、フェアなものに変えていくことに加え、本人のキャリア形成、会社として求めるもののすり合わせをしっかり行っていく必要があるでしょう。
後藤:「ジョブ型」と聞くと報酬のみと紐づけて語られがちですが、そうではなくて、実はこうした透明性が高まると同時に、企業は報酬制度・評価制度だけでなく、人材育成の仕組みをつくっていくことに繋がりますよね。はたらく個人にとっては、「次はこのポジションをやりたい」と、次のステップ・成長に繋げることが可能になると思います。
――「ジョブ型雇用」は日本でも浸透するのでしょうか?
湯元氏:単にジョブディスクリプション(JD)や報酬制度を変えるだけでは、浸透しないでしょう。「ジョブ型雇用」の取り入れ方は、一つではありません。新卒採用者などの若手社員を育成することも引き続き重要ですし、会社の業態や職種によって、どういう形で「ジョブ型雇用」を取り入れていくかは、その会社や職種、社員ごとの特性によってさまざまなプランが有り得ると思います。
柘植:まさにその通りで、単純に欧米型のジョブ型に切り替えるのではなく、双方の良さを取り入れていく必要があると感じています。メンバーシップ型とのハイブリットでも良いかもしれませんし、日本にあった形で「日本的ジョブ型雇用」をつくり上げていきたいですね。
後藤:私自身は、外資系企業で人事経験が長かったのですが、日本企業で早期退職などを年齢で一区切りにされてしまっていることに違和感がありました。ジョブ型でより求められる仕事内容やスキルが明確になっていくことで、年齢はもちろん、女性、障害を持った方にとっても、理由なく不遇な扱いをされるということを防げるのではないでしょうか。「Salary Research」が、「日本的ジョブ型雇用」浸透への一つのきっかけになればうれしいです。
“はたらく”を前向きに捉えられる社会に
――「Salary Research」は現在パイロット版とのことですが、今後どのように進化させていく予定ですか?
柘植:パイロット版としては、まずはデータの拡充をすすめていきます。さらにその先は、お客さまの声を聴いて、ジョブ型をキーワードにより深く機能拡張を進めるか、それとも、このサラリーデータの利用用途を幅広い人事業務に合わせ、横に広げていくかなど、プロダクトの可能性を顧客ニーズに合わせて模索したいと思っています。いずれにしても「ジョブ型雇用」の浸透を通じて、企業にとっても、はたらく個人にとってもより良い状態を目指します。
――今後、「日本的ジョブ型雇用」の浸透によって、はたらく人と組織・企業にとって、どんな世界を実現したいですか?
後藤:ジョブ型のはたらき方や、それを支える「どういうスキルを付ければいいのか?」といった考え方や価値観が、社会基盤的に共通の概念となっていけば、はたらく個人の方も、会社に縛られずに次のステップを前向きに捉えられるようになると考えています。それによって、今後ますます社会の環境の変化が激しくなっていっても、はたらく個人と組織・企業が、“強く凛々しく”あることのできる、そんな世界を実現したいです。
湯元氏:“はたらく“における価値観は人それぞれだとは思いますが、はたらく個人にとっても、できるだけやりたいことを選択し自己実現ができる、そしてそれが会社での評価や、社会貢献に繋がる、そんな世界にしていきたいです。はたらく個人にやる気さえあればそれを実現できる状態を、会社だけでなく、社会全体でつくり上げ、個々人の努力を最大限引き出していくことが、日本や世界の発展に繋がっていく、そんな良い循環をつくっていきたいですね。
柘植:私は「人の可能性が拓かれた社会をつくりたい」という想いが強いです。現在は、まだまだチャレンジしようと思っても、年齢・性別・国籍・学歴などが足かせになってチャレンジしにくい場面に出くわすことも多々あると思います。また、何をどう努力したらチャンスが巡ってくるのかが分からない、ということもあると思います。
スキルに対する報酬などが明確になっていくことで、“やる”と決めた人にチャンスが巡ってくる世の中にできれば、はたらくということ自体がもっと前向きに捉えられるようになるでしょうし、個々人がキャリアオーナーシップを持ち、パーソルグループのビジョン「はたらいて、笑おう。」の実現にも近づくと考えています。