「幸せにはたらく」には、結局どうすればいい?前野隆司教授が語る2つのポイント

人生100年時代、テクノロジーが進化し、ライフスタイルやはたらき方が多様化する中で、人や組織が、身体的・精神的・社会的により良い状態であるにはどうすればよいかを問う「Well-being(ウェルビーイング)」への関心が急速に高まっています。

株式会社パーソル総合研究所は今年7月、「幸福学」の第一人者として知られる慶應義塾大学の前野 隆司教授の研究室とともに取り組んだ「はたらく人の幸福学プロジェクト」の成果を発表しました。(詳細はこちら
その発表内容を受け、「私たちが、幸せにはたらくにはどうすればいいのか?」という率直な疑問を、前野教授に聞きました。パーソル総合研究所の主任研究員でもある井上 亮太郎とともに、これからの「はたらく×幸せ」について考えます。


仕事とプライベート、どちらも幸せであれ。
まずは自分の状態を知ろう


――現在、世界的にも「Well-being」への関心が高まっています。なぜいま、幸せに生きることに注目が集まっているのでしょうか。

前野氏:背景の一つに、世界規模での経済成長の鈍化があげられます。「金、モノ、地位」といった量的なものだけでは、人は幸せを得られない時代になってきました。それに伴って、私たちは質的な幸福を求めるようになってきたのです。
同時に、幸せの効用に関しては研究を通じてさまざまなことが明らかになり、人が幸せであることの重要性が認識されはじめてきました。


――「はたらく」においては、いかがでしょう?

前野氏:以前の日本には「仕事は生活のため、幸せなことは週末に」と考える風潮がありましたが、それではいけないと思います。仕事とプライベート、そのどちらも幸せでないと生産性や創造性が低下し、免疫力までが下がります。幸せな人は、なんと7年から10年ほど寿命が長いといわれているのです。
さらに、幸せな人は、利他的で親切になれます。これまでは「利他的だと、その結果良いことがあるから、幸せになれる」と考えられていました。しかし現在では、「幸せであることが要因となって、その結果、利他的になれる」という因果関係が明らかになってきています。

――「幸せになりたい」と強く思うことが大事なのでしょうか?

前野氏:実は、そうではありません。幸せであることの重要性は認識すべきですが、幸せが目的化しすぎると、幸福度は逆に低下します。ダイエットにたとえると、痩せることばかり考えて、拒食症になるのはよくないですよね。それと同じことです。

井上:自分の体を理解して、痩せるために基礎代謝を上げたほうがいいのか、それともどこかの筋力を高めたほうがいいのか、まずは現状を理解しないと、ダイエットも効率が悪いということですね。むやみに断食するのは身体に良くないですし。
幸せもそれと同じで、自分の状態を理解することがとても大切です。今回のプロジェクトで発表した「はたらく⼈の幸せ/不幸せ診断」(※)は、その状態把握に使用できるツールだと考えています。
※「はたらく⼈の幸せ/不幸せ診断」はこちらからご覧いただけます。


月曜日に、前向きになれるか?


――ズバリ、私たちがはたらいて幸せになるためには、どうすればいいのでしょうか?

前野氏:幸せの要因はたくさんあるのですが、あえて総論をお話すると、ポイントは「やりがい」と「繋がり」です。

――「やりがい」とは、具体的に言うと?

前野氏:分かりやすくいえば、月曜日の朝に「仕事したくない……」と思うか、「早く仕事したい!」と思うかどうかの違いです。月曜日に前向きになるなんてあり得ない!と思う方もいらっしゃるかと思いますが、あり得ます。たとえば徳島のとあるメーカーは、社員の9割が「月曜日に会社に行きたい」ということで知られていますね。

――ハードルが高いように感じますが……、どうすれば、月曜日に前向きになれるのでしょうか。

前野氏:もちろん、ベストは「仕事内容や人生と仕事の関係性、仲間の存在、すべてに満足している」状態であること。でもいきなりそれは難しいので、まずは、“小さな楽しみ”でいいんです。「月曜の15時には好きなおやつを食べる」とか、「月曜は仕事を詰め込みすぎない」とか。そのような工夫からはじめてみるのが良いのではないでしょうか。

井上:外発的な動機と内発的な動機、どちらもあり得ますよね。おやつのような「ちょっとしたご褒美」は外発的な要因になりますし、内発的な動機としては「好奇心」「やりたい仕事」「成長」など、そのようなワードが鍵になってくると思います。いずれにしても、自分はどうすれば幸せだと思えるのか、その幸せのスイッチを知ることが大切です。それがわかれば、現状と理想とのギャップが見えてきます。

前野氏:そうして、仕事に“やらされ感”がなくなっていくと良いですね。どうすれば、自分がやりがいを持ってはたらけるのか、ぜひ、いろいろと考えてみていただきたいです。


会社という仕組みの落とし穴……
多様な繋がりが幸せをつくる


――もう一つのポイントである「繋がり」とは?

前野氏:孤独は、幸福度の低下を招きます。「寂しい」「自分は認められていない」「上司は自分をどう思っているのか」といった感情が出てきたら、要注意サインです。
その解決方法はシンプルで、とにかく他人と話すことです。まずは雑談のような気軽な会話もいいでしょう。できれば、会社の理念や人生の目的について話すような深いコミュニケーションをすると、お互いに深く知り合えると思います。

井上:ちなみに「雑談」については、現在分析中の調査でも「創造性を高めるには、他部署との雑談が重要である」ということも明らかになってきています。
*「社内コミュニケーションに関する調査(仮)」

――部署の中だけでのコミュニケーションを増やすだけではだめなのですか?

井上:もちろん部署内の雑談も大事ですが、それだけでなく、ちょっと離れた部署の人と話して、そこで思ってもみなかった面白い話を聞けたりすると、ワクワクしますよね。そうやって、自然とやりがいやワクワク感を持てるような繋がりを増やせると良いと思います。

前野氏:うちの学生が大学で行った研究の中に、「友人の数よりも、その多様性のほうが幸福度に影響する」という発表がありました。友人の数は多いほうが望ましいものの、むやみやたらに数を増やすよりも、性格、年齢、国籍、職業……、どんなことでも、多様な人と関係性を築く人のほうが、幸福度が高かったのです。会社でも同じで、社内、社外、上下、斜め、さまざまな観点で、多様な人との繋がりを持つことが大切です。

――今回のプロジェクトでは、「自由業」「フリーランス」の方が「会社員」よりも幸福度が高いという結果もありました。

井上:自由業やフリーランスの人って、外との繋がりをつくらないと、生き残っていけないですよね。だから、自然と繋がろうとする。それに対してサラリーマンは、会社の命令系統の繋がりはあれど、自分で開拓した多様な繋がりというのは、少ないのかもしれません。それでも仕事は成立しますし、お給料ももらえるので、そこで「いわれた通りやっていればいい」と思ってしまうと、徐々に、やりがいも繋がりも感じられなくなっていきます。特に大企業だと、本当はたくさんの人と協業しているはずなのに、それを実感しにくいのかもしれませんね。

前野氏:会社という仕組みって、ある意味、不幸になるメカニズムが組み込まれているんですよ。というのは、役割分担を徹底しすぎると視野が狭くなりがちだからです。そうならないための一つの方法として、プロボノでもボランティアでもサードプレイスでもなんでも良いので、外の世界を見るべきです。これを強くおすすめします。

井上:本当にそう思います。放っておくと不幸せになるメカニズムが働くので、会社員だからこそ、なおさら繋がりには気をつかう必要があると感じています。


「幸せの格差」を、拡大させないために


――コロナが、幸せに与える影響は?

前野氏:コロナ禍では、全人類が、不安定・不確実な未来に対峙しています。先が見えない世界の中でも、大局的な視座を持って、前向きにチャレンジして、皆で力を合わせて生きていくことが求められています。
それは「やりがいと繋がり」であり、幸せの条件といえます。幸せな人は、コロナ禍にも対応できるし、イノベーションを起こせます。一方で、不幸せな人は、小さな視点で物事を考え、繋がりが薄くなり、チャレンジもできなくなって、不安を抱えてしまうでしょう。

――両極端ですね……。

前野氏:いま私が憂慮しているのは、まさに、そのような「幸せの格差」の拡大です。ただでさえ世界中で経済的格差が拡大してるのに、このままでは、それに加えて、幸せの格差まで拡大してしまう。だからこそ、不幸を放置しないためにも、多くの人に幸福学を知っていただきたいです。

井上:仕事へのやりがいと、一人ひとりの繋がりをいかにつくることができるかということですね。パーソルとしては、はたらく人々のケアも含め「パーソルに関わると幸せになれる」と思っていただきたいと考えています。多くの人が「はたらいて、笑おう。」を実感できるように、私としてもより一層、真摯に研究活動に取り組んでいきたいと考えています。

パーソル総合研究所「はたらく人の幸福学プロジェクト」の調査結果は、こちらをご覧ください。
(写真は2020年8月撮影)

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