【石川善樹×矢野和男×高橋広敏】“幸せ”であるために、人と組織が歩むべき道

今、社会環境の大きな変化とともに、「はたらく」の在り方が問われています。未来をどのように描き、そこで私たちはどのように生きるべきか。そして、その未来をどう創造していくべきか 。
連載対談「はたらくのゆく先」では、人とテクノロジーの共創で新たなはたらき方を創り出すパーソルイノベーション株式会社の代表取締役社長であり、パーソルホールディングス株式会社の取締役副社長およびSolution SBU長も務める高橋 広敏が、各分野の有識者たちとの対談を通して、創造すべき未来を捉えていきます。

今回のセッションテーマは「“幸せ”であるために、人と組織が歩むべき道」。今回お話を伺ったのは、「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマに学際的研究を行っている予防医学研究者の石川 善樹氏と、日立製作所でハピネスの定量化を研究する矢野 和男氏です。幸せであるために、人と組織はどうあるべきなのか。最新の研究から浮かび上がる未来像とは──。

石川 善樹
予防医学研究者、博士(医学)。1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。近著は『フルライフ』(NewsPicks Publishing)、『考え続ける力』(ちくま新書)など。

矢野和男
株式会社日立製作所 フェロー。株式会社ハピネスプラネット 代表取締役CEO。84年早大修士卒。91年アリゾナ州立大で共同研究、93年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。ビッグデータ収集・活用で世界を牽引し、論文被引用件数は2,500件、特許出願350件を越える。多目的AIやハピネスの定量計測で先導的な役割を果たす。日立の歴代8人目のフェローに就任し、2020年(株)ハピネスプラネットを創業しCEOに就任。博士(工学)。IEEE Fellow。2020 IEEE Frederik Phillips Awardなど国際的な賞を多数受賞。2014年に『データの見えざる手』(草思社)を執筆。


はたらき方、生き方の選択肢を増やす


高橋:「はたらく」ことが「幸せ」であることにまで及ぶ、そんな時代になってきました。今日はこの「はたらく」と「幸せ」の関係性について、お二人の知恵をお借りしながら解き明かしていけるとうれしいです。

石川氏:まずは歴史的観点で「幸せ」を捉えてみましょう。世界価値観調査によれば、私たちが主観的に「幸せ」と感じる割合は、この30年で上昇している国がほとんどです。

石川氏:では、どのようなメカニズムによって、社会に幸せが広がるのでしょうか?イングルハート教授らは、次に挙げる3つの社会的要因が重要と指摘しています。

「経済発展」
「民主化」
「社会的寛容の増加」

この中で聞きなれないのは「社会的寛容」でしょうか。これは要するに、「区別や差別をやめましょう」ということですね。年齢や能力による差別・区別をしない。あるいは古くは女性の権利や、最近だとLGBTQ+(※1)のようなジェンダー、そして移民なども含む多様性を社会全体でしっかり受け止めるということです。
(※1)性的マイノリティに関する総称の一つ。

石川氏:さて、これら社会的要因によって、「生き方の選択肢が増え、自己決定できるようになる」という状況が整います。実はこの「はたらき方や生き方の選択肢が増える」という要因が、幸せの決定要因の一つなのです。
ここで注目してもらいたいのが、3つある社会的要因の中でも「社会的寛容の増加」が幸せに強い影響を与えることです。いろいろな生き方やはたらき方が認められることによって、選択肢が多様になるだけでなく、たとえ失敗したとしても助けてくれる人が増えるからです。

高橋:パーソルにおいても、すべての人に対して、常に多くの選択肢や可能性がある状態をつくっていくことが求められていると強く認識しています。はたらき方においては、豊富な選択肢のもとに自己決定できるという状況にまで持ち上げるにはまだまだ時間が必要です。一方で、コロナを契機に、多様なはたらき方が次々と生まれています。ニューノーマルという言葉をよく耳にしますが、一つの新たなノーマルをつくることにこだわる必要はなく、どのようなはたらき方であってもノーマルとして受け入れられる、そのような世界観でありたいと願っています。そのためにパーソルは何ができるのか、何をすべきなのか、向き合っていきたいです。


必要なのは、目的を素直に追求できる組織


矢野氏:日立製作所ではこの十数年、ウェアラブルセンサ(※2)などを用いて人間行動に関するさまざまなデータを大量に取得してきました。そして約1,000万日分のデータを生産性や幸福感といった要素と結び付けながら研究を進める中で、生産的で幸せな組織には4つの特徴があることがわかりました。
一つ目が、繋がりがフラットで網目状にあること。逆に言うと、上司と部下というレポートラインとしての繋がりしかない場合は、その組織は不幸になりやすいです。
(※2)腕や服、首などに身に着けて、バイタルや行動のログを記録する機械のこと。

高橋:横や斜めだけではなく、組織の枠組みを飛び越えられるチームの方が、幸福度や生産性が高いということですね。

矢野氏:その通りです。二つ目の特徴としては、5~10分の短い会話が頻度高く発生していること。週一回の定例的な会議や1on1のような「予定された」コミュニケーションしかない場合は注意が必要です。
三つ目は、発言権が平等であること。立場にこだわって特定の人物に発言権が集中している状態はあまり好ましくない。
そして四つ目。人に対する共感や信頼を表現するときは、言葉だけではなかなか伝えにくいですよね。身体の動きや、声のトーン、目配せのような、言語を覚える前の赤ちゃんのときからやっていた非言語的なコミュニケーションの影響が90%以上で、言葉の影響は10%以下と考えられています。生産的で幸せな組織は相手を応援する頷きや体を相手と同期させることが多いことが分かっています。

高橋:自由度の高さや選択肢の多さが鍵になっている、と。

矢野氏:先程の石川さんのお話に通ずるところですが、組織においても、誰もが率直にコミュニケーションできる環境をつくらないと、生産性や幸せ度は低くなる。これにより、変化の中で目的を機動的に追求できることが組織としては鍵となります。もちろん、この四つの特徴は優秀なマネージャーであれば自然とケアできていたり、当たり前に感じるものかもしれません。ですが、その感覚的な正しさというものがいよいよ定量化できるようになってきたことが重大な変化といえるでしょう。ダイエットの成功には体重計が欠かせませんが、いまでは、人間関係や生産性、健全性などをデータとして測定し、成功へ導くことができる時代になってきたわけです。


生産性も、幸福度も、すべては「人」のため


矢野氏:生産性や幸福度といった尺度は、組織の中ではたらく「ヒト」のためにあるという理解も大切です。製品や部品といった目に見える「モノ」が重視されていた時代では、それらの尺度はいかに安く早く製造できるかを追求するためのものでした。ですが、現在ではモノを生み出すプロセスにおける「ヒト」の成長こそに価値があるのだと認識されはじめています。
たとえば、私は昨年、最先端のAIプログラムの試作品を100個以上つくりました。実現方法が見えない状態から開始し、時間とコストをかけて最後にでき上がったのはたった1,000行のコードでした。もちろんそのコードの価値は大きい。けれど、問題の糸口を試行錯誤によって見出し、完成に至るまでに100回の試作を乗り越えてきた私がいる、ということの価値はまたさらに大きいと思うわけです。人が成長することは、私たちに喜びを与えてくれます。パーソルさんのグループビジョン「はたらいて、笑おう。」の「笑おう」の部分にかかる部分かもしれません。人に対して、そして、人の変化に対して、投資をすることが、これからの重要なテーマになっていくのだと思います。

高橋:そうですね。加えて、自分自身が選択したものが最良であると、より多くの人が感じられることが大事ですね。そのためにも、「はたらく」という概念そのものに変化を起こすことも重要です。会社に行って仕事をすることだけはなく、誰かに対する、社会に対する、未来に対する行為はすべて「はたらく」ことなのだ、という認識を社会全体で持てるようにしていきたいと考えています。


登山ではなく、サーフィンのような人生を


石川氏:はたらくと幸せの関係を紐解いてきましたが、私のもとに「幸せってなんでしょうか」という悩みが多く集まります。けれど、この問いってすごく抽象的で、このまま考えてしまうのは誰にとっても難しいことです。だから、もう少し具体的に考えてみるのはどうでしょうか。たとえば、いきなり「人生とは」というスケールで考えるのではなく、まず自分にとって「いい1日」とはなんだろうと考えてみるんです。そこから「いい1週間」「いい1カ月」ってなんだろうと。そうやって小さなスケールを少しずつ積み重ねていくと、いつか人生まで到達するような気がします。「いい1日」を毎日毎日積み重ねることが、いつの間にか「いい人生」になっている。

矢野氏:確かに、それはあるかもしれません。私はいま60歳ですが、人生いろいろ経験してみて分かったのは、何事も計画通りにいかないということです。地図を持って何合目までは何日掛けて向かおう、みたいな登山のような人生は、だいたい上手くいかない。それに、人生ってそういうものじゃないんだろうな、と感じています。たとえて言うならば、山登りのような人生ではなく、サーフィンのような人生を楽しむのはどうでしょう。いつどんな波がくるかも分からないけれど、とにかくその波に乗る。ときには努力しなければならないような大きな波が来たりする。意外と簡単に乗れちゃうようなこともある。そうやって予測不可能な波を乗り越えながら人生を積み重ねていくほうが、人生の実態としてしっくり来るがしています。

高橋:どうにも抗えない波にも、たまには直面しますからね(笑)。そういう波もうまく乗りこなしながら、毎日の自分と向き合えるといいですね。皆さん、今日は素敵なお話をたくさんしていただき本当にありがとうございました。

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